医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 9.医療系学部における障害学生支援の課題 殿 岡   翼(肢体障害,脳性まひ)*,殿 岡   栄子(視覚障害,全盲)* 要旨:  近年,全国障害学生支援センターに寄せられる相談や大学対象の調査結果から,医療系学部における入試やカリキュラムの構造,教職員の態度・文化において課題があることがあることが示されてきた.医療系大学の関係者は「障害の社会モデル」を理解し,障害のある医療者と共に社会的障壁を同定し、除去していくことが急務である. キーワード:医療,合理的配慮,障害学生,受験,障害の社会モデル 9. Challenges in Supporting Students with Disabilities in Medical Faculties Tsubasa Tonooka*,Eiko Tonooka* Abstract:  In recent years, consultations with the Nationwide Support Center for Students with Disabilities and survey results from university cohorts have revealed occasional issues with admissions, curriculum structures, and the attitudes and culture of faculty and staff within medical faculties. It is imperative for those involved in medical education to understand the ‘social model of disability’ and collaborate with medical professionals who have disabilities to identify and eliminate social barriers. Keywords: medical care, reasonable accommodation, students with disabilities, examinations, social model of disability 1. 障害のある高校生からの医療系学部受験における相談(殿岡栄子:執筆) 相談状況の概要  一般社団法人全国障害学生支援センター(以下,当センター)では,大学進学を目指す学生・保護者からの相談に応じている.もっとも特徴的なことは,相談に携わるスタッフ自身が大学で学んだ経験を有しており,ピアサポートの形でどこまでも学生に寄り添って話を聞き,情報を提供していることである.また時には学生と大学との話し合いに同席して意見を述べたり,差別的取扱いに対して申し入れ書を提出するといったより積極的な形でかかわることもある.  様々な障害のある学生からの相談が寄せられるが,近年は発達や精神障害の相談が増えている.また,例えば肢体障害でも下肢障害のみではなく上肢や体幹に障害があったり,内部障害でも常時介助が必要だったりといった「障害の重度・重複」の学生からの相談が増えている. 受験時の合理的配慮の段階  「大学における障害学生の受け入れ状況に関する調査」には,受験や授業,相談・就職等の学内支援,通学に至るまで学生生活のあらゆる場面を想定し,合理的配慮に関する選択肢を用意している.その大部分は1994年の調査開始時から引き継がれているが,毎回の調査開始前に内容を見直したり,新規に追加したりしている.  学生からの相談では,彼らが受験や授業で受けたいと望む合理的配慮がどこの大学で実施されているかについて情報提供している.希望の大学が調査未回答だったり,調査に回答しているが学生の希望する合理的配慮について回答がない場合には,大学に学生から問い合わせてもらうように促している(表1,表2). (ここから表1) 表1 2022年度の相談内容と相談依頼者の内訳 相談内容の内訳 大学進学 35 学内サポート 31 高校進学 3 学外の生活 3 その他の進路 2 その他 11 相談依頼者の内訳 家族 46 障害者本人 24 本人・家族 6 大学 4 教員(大学以外) 1 大学以外の法人団体 1 その他 2 (表1おわり) (ここから表2) 表2 2022年度相談 障害の内訳 発達障害 40 肢体障害 18 内部障害 11 精神障害 11 聴覚障害 1 その他の障害 1 (表2おわり)  ところで,選択肢として受験における合理的配慮は,大きく以下の5つの段階に分けられる(表3).表のレベルの数値が高いほど,大学が取り組む難易度が高くなっていくことがうかがえる.特にレベル4および5は試験方法の変更を伴うため,こうした合理的配慮の提供に慎重にならざるを得ないという大学は多いのが実情である. (ここから表3) レベル1障害学生からの要請を受けて大学が許可し,障害学生が自ら準備する. A.補助機器の使用(拡大鏡,下書き用紙,補聴器,使いやすい文具等) B.補助者の同伴(会場まで付き添い者,面接時の手話通訳者,休憩中の介助者など) レベル2障害学生からの要請を受けて,大学が準備する. A.試験室(一般学生とは別室,エレベーター・障碍者用トイレなどに近い部屋,明るすぎない部屋など) B.その他の配慮(注意事項の配布または個別説明,座席位置の配慮等) レベル3障害学生からの要請を受けて,大学が時間延長を実施する.(ただし出題・解答方法の変更はない) 1.3倍・1.5倍・1.5倍以上 レベル4障害学生からの要請を受けて,大学が解答方法を変更する(時間延長を伴う場合がある.) 視覚(点字・拡大・マークシートの代わりに文字,パソコン・代筆等)  肢体・内部・発達・知的(拡大・マークシートの代わりに文字・チェック解答・パソコン・代筆など) レベル5障害学生からの要請を受けて,大学が出題方法を変更する.(時間延長を伴う場合がある.) 聴覚(リスニングの免除) 視覚(点字・拡大・音訳・パソコンで読める問題等) 肢体・内部・発達・知的(拡大・パソコンで読める問題等) 各障害別に解答困難な問題の代替えを準備 (表3おわり)  一方,学生の立場から見れば,合理的配慮の提供の有無が進路選択の幅を左右する.自分の望む合理的配慮の提供が,多くの大学にとって難易度の低いものなら進路選択の幅は広がるが,そうでなければ進路選択の幅は狭くなる.特にレベル4,5に挙げた,試験方法の変更にかかわる合理的配慮を必要とする学生にとって,その不提供が直接受験不可能な事態につながってしまうのである.例えば点字使用の視覚障害の学生は,点字での出題・解答方法の合理的配慮を認められなければ受験できない.  自筆での解答が困難な肢体障害や内部障害,識字困難な発達障害の学生に対する合理的配慮の提供についても同様である.まずは各大学が,合理的配慮の提供の位置づけがどうなっているかを把握することが急務である.そのうえで,1段階難易度の高い合理的配慮の提供を必要とする学生を実際に受け入れることで実績を積み重ね,支援の充実を図っていくことが望まれる. 学生からの相談事例  ここで当センターに寄せられた医学・看護系大学(あるいは学部)進学希望の相談の事例を取り上げる(表4). (ここから表4) ケース1. Aさん(女性)  発達障害の重複 初期相談:2020年10月 専門学校で看護系を学んでいたが障害のために継続できなくなった.特にレポートを書くのが苦手.論理的思考が得意でなく,また集中力が続きにくい.配慮を受けて大学に行きたい.→看護系大学出身のスタッフが相談に対応.大学の授業でレポートの書き方を指導する内容が含まれている場合があるので,そうした授業を実施しているかどうかを含めて選んでいくことを提案した.相談は1回のみでその後連絡がなかった. ケース2. Bさん(女性) 内部障害(慢性疲労症候群) 初期相談:2019年4月 中学の時に発症.自律神経の働きが悪く,ちょっと立っただけで脈が上がりやすい.2時間以上連続して座位姿勢でいることは困難なので,休憩を入れながら学習している.リクライニングの車いす使用. 受験時の配慮では車での入校と会場までの付き添い者の同伴許可, リクライニング車いす・特性机・滑り止めシード・手の自助具の持参使用,チェック解答(記述回答は可能)を希望していた. →医学系大学の調査結果から,合理的配慮の提供がほぼ望めない 状況を説明.そのうえで医学以外の学部への受験も視野に入れつつ,医学系へのしんがくもあきらめずに進めていくことを確認した. →2021年1月まで継続で相談に応じた.最終的に医学系への受験は断念し,他の学部への進学に切り替えて受検した. (表4おわり)  医学・看護系の大学(あるいは学部)への進学希望の相談は非常に数が少ない.障害学生自身がこうした進路を選択すること自体に困難を感じ,あきらめてしまっている可能性は否定できない.それでも近年では,年に1~2名の相談が寄せられている.  障害学生や保護者からの相談でまず最初に聞かれるのは「障害があっても学びやすい大学はどこか?」,「障害に対して配慮してもらえる大学はどこか?」という問いである.こうした問いに対し,私は必ず次のように答えるようにしている.「大学選びの際に,受験や入学後に配慮を受けることは大切で,どんな配慮が受けられるかについての情報を集めることも必要です.しかし,まずは障害や配慮について考えることをわきに置いて,大学に行ってなにをやりたいのか,あるいは将来どんな仕事に就きたいかなどをお話ししてみませんか?」  障害学生には「配慮を受けられるから●●大学へ進学する」のではなく,「●●を学びたいから進学する」というシンプルな形で進路を選択してほしいのである.  医学・看護系大学(学部)への進学を希望する障害学生の場合には,相談でとかく出される上記のような質問はまず出てこない.彼らの場合,多くの困難があるとわかっていても進路選択の志望動機は実にはっきりしている.そして自らの障害や病気の体験から,どうにかして医学や看護の道で何かしら役に立てないだろうかと模索している.  相談の事例でもわかるように,彼らが進学を断念せざるを得ないのは,多くの医学・看護系大学(学部)で,合理的配慮が十分提供されていない現実に直面するからである.複数の大学に同じ内容で配慮を申請しても,ある大学は積極的に対応する一方,ある大学はまったく配慮を認めないということが起こっている.こうした現状に直面した学生が相談の際にこんな風にのべている.「大学側は『特別扱いはできない』と言えば,なんでも断れると思っているのではという印象を抱きました.私はあくまで「合理的配慮」を求めているのであって,「特別扱い」を求めているわけではないのに,と思ってしまいました.」  障害や病気を抱えながら生きる中で自ら経験したことを学びに生かし,のちに社会に還元したいという思いが,早々に打ち砕かれてしまっているのは非常に残念である.  入試はもちろん,医療者教育の場において,カリキュラムの編成そのものが,障害学生の受け入れの障壁となっているならば,そこにメスを入れることが必要である.そうした変革が行われずに現状を維持したままで「受け入れ可能な学生を受け入れる」という消極的な姿勢では,障害学生に対する門戸は広がっていかない.障害や病気を抱えた人を癒す立場にこそ彼らの存在の意義があると確信している. 2. 大学調査における回答状況の保健系単科大学との比較(殿岡翼:執筆)  当センターが実施する「大学における障害学生の受け入れ状況に関する調査」は,障害学生の受験に関するさまざまな障壁の中の一つである進学情報を得る負担を少しでも軽減し,障害者の自立と社会参加を促進するための情報提供を目的に1994年に開始され,今年で30年目,これまで15回となる.障害をもつ受験生や大学で学んでいる障害学生が必要としている情報について質問や選択肢を作成し実施している.当センターでは,調査に対する回答を「大学としての総意である正確な事実である」という前提で『大学案内障害者版』(書籍)および「大学案内障害者版Web情報サービス」を通じて,大学ごとに情報提供する目的としている.  調査の主な内容は,障害学生の受験・在籍状況(障害別の受験生の人数・在籍人数,卒業後の進路,など),入学試験の状況(障害別の受験可否・配慮の有無,配慮方法,など),大学内の設備状況(学内設備,障害学生に利用可能な補助機器の有無,など),授業での配慮状況(一般講義・語学授業・実習など授業別の配慮有無,定期試験での配慮有無,障害別の配慮内容,など),学生生活での配慮状況 (支援者,相談窓口,就職支援,障害学生支援のための費用負担,通学支援,など)非常に多岐にわたっている.  調査対象は各年4月現在の全国すべての,学校教育法に基づく大学(学生の募集を停止している大学を除く),放送大学,および文部科学省所管外大学校である.調査の基準日は各年5月1日としている.  この項では2023年7~12月に行われた2023調査の結果を中心に過去の調査結果も参照しながら進めていくことにする.調査対象大学 820 校(大学 810 校・大学校 10 校)に対し,回答数は386校で,回答率は 47%であった.大学種別ごとでは前回調査と同様に公立大学の回答率がもっとも高く,66%であった(表5). (表5ここから) 以下、種別ごとに 調査対象数 回答数 回答率% 前回比の順。 大学①※調査対象数810  回答数385 回答率48% 前回比0pt 国立 調査対象数86  回答数42  回答率49% 前回比1pt 公立 調査対象数99 回答数65  回答率66% 前回比0pt 私立 調査対象数621 回答数278 回答率45% 前回比0pt 大学校②調査対象数10 回答数1 回答率10% 前回比0pt 合計(①+②)調査対象数820 回答数386 回答率47% 前回比▲1pt ※大学①は国立、公立、私立を含む全体数。 凡例 回答率とは、ある項目の回答数を回答大学数386で割った数(率・%)である。 前回比とは、前回と今回の回答率の差(ポイント・pt)である。 表中の▲は「マイナス」の意味である。 ※本調査は大学の総意としての回答を求めており、途中まで回答を入力していても大学の総意(決裁)が取れず、最終的な回答に至らなかった大学もあります。このような大学や学生募集停止となった大学は、回答数には含まれていない (表5おわり)  今回は上記の調査結果に加えて回答数386校の中から保健系単科大学(医・歯・薬・看護・その他)のみがある大学60校を抽出して比較対象とした.以下,保健系と略す場合がある. 受験可否  受験可否とは当センター独自の指標で,古くからデータを取ってきた.定義は以下の通りである.  受験可: 大学に障害学生から問い合わせがある前の段階(まだ大学に障害学生から問い合わせがない段階)で,該当する障害種別の障害学生を受け入れることを決定している状態.  受験可否未定:大学に障害学生から問い合わせがあり,該当する障害種別の障害学生の状況をみて,受験をみとめるかどうか判断している状態. 2023調査における受験可否大学数と割合,前回比  上記の定義のもとで受験可否の統計をとると,すべての障害で受験可が50%を切る状況となっており,前年比もすべてマイナスとなっている.また,調査全体で,過去6回の調査の推移を見ても,全体的な傾向として下落し続けているのがわかる.障害別でみると,知的障害が139校,視覚障害が166校で少ない状況が続いている(表6,図1・図2). (表6および図1・内容同じ・ここから) 以下、障害種別ごとに 「受験可」に関して 数、率、前回比、「受験未定」に関して 数、率、前回比 の順。 視覚 数166 率43% 前回比▲2pt 数220 率57% 前回比1pt 聴覚 数175 率45% 前回比▲4pt 数211 率55% 前回比4pt 肢体 数186 率48% 前回比▲3pt 数200 率52% 前回比2pt 発達 数190 率49% 前回比▲2pt 数196 率51% 前回比1pt 精神 数176 率46% 前回比▲2pt 数210 率54% 前回比1pt 内部 数178 率46% 前回比▲4pt 数208 率54% 前回比3pt 知的 数139 率36% 前回比▲6pt 数247 率64% 前回比5pt (表6おわり) (図2ここから) 図2 過去の受験可の割合の推移 以下、調査実施年ごとに 障害種別 受験可の割合(単位は%)の順。 2017 視覚47% 聴覚55% 肢体57% 発達64% 精神54% 内部61% 知的49% 2019 視覚48% 聴覚53% 肢体58% 発達60% 精神52% 内部59% 知的46% 2020 視覚47% 聴覚51% 肢体55% 発達54% 精神46% 内部59% 知的42% 2021 視覚47% 聴覚52% 肢体54% 発達54% 精神49% 内部56% 知的44% 2022 視覚45% 聴覚49% 肢体51% 発達51% 精神47% 内部49% 知的42% 2023 視覚43% 聴覚45% 肢体48% 発達49% 精神46% 内部46% 知的36% (図2おわり)  障害者差別解消法が施行され,一般的には障害学生が進学しやすくなっているイメージも一部であるが,実際のデータはそのような傾向は示していない.現実には差別解消法の施行後は,受け入れられそうと大学が思う障害学生だけを在籍させようとする消極的態度が強くなってきており,障害学生への門戸開放という方向とは逆の力が働いている.  受験可否を保健系単科大学に限ると次のようになる.全大学の統計と比べてもさらに低い状況がみえてくる(表7).全体よりも保健系大学の方が総じて受験可の割合が低く,特に発達障害や知的障害でその差が大きくなっている. (表7および図3・内容同じ・ここから) 表7 2023調査における全体と保健系の受験可割合の差 以下、障害種別ごとに保健系の受験可否の 「受験可」に関して 数 率、「受験未定」に関して 数 率 の順。 視覚 受験可 数21 率35% 受験未定 数39 率65% 聴覚 受験可 数20 率33% 受験未定 数40 率67% 肢体 受験可 数22 率37% 受験未定 数38 率63% 発達 受験可 数20 率33% 受験未定 数40 率67% 精神 受験可 数22 率37% 受験未定 数38 率63% 内部 受験可 数23 率38% 受験未定 数37 率62% 知的 受験可 数15 率25% 受験未定 数45 率75% (表7おわり)  一方,全体の受験時の配慮有無においては,受験を認めたからには一定の配慮をしなければならないという認識はでてきている.ただしこれが保健系単科大学に限ると全く異なった景色となる.  全体の大学では概ね60%以上が受験時の配慮を行うと回答しているのに対して,保健系単科大学では,どの障害も半数に届いていない(図3,表8).  全体的な傾向としても受験可否と同様,受験時配慮においても実施ありの下落傾向が続いているが,今回調べた保健系単科大学の配慮実施割合の少なさは際立っていた.  ここからは保健系単科大学の障害学生支援の遅れの状況をさらに明確に示すため,当センターが作成している障害学生支援ランキングから,全体と保健系単科大学を比較して正規分布曲線で示していきたい(図4,図5). (表8および図4・内容同じ・ここから) 表8 2023調査における全体と保健系の受験時配慮あり割合の差 以下、障害種別ごとに、全体配慮あり 率 保健系大学配慮あり 率(/60)の順。 視覚障害 全体配慮あり265校 率69% 保健系大学配慮あり27校 率45% 聴覚障害 全体配慮あり278校 率72% 保健系大学配慮あり28校 率47% 肢体障害 全体配慮あり272校 率70% 保健系大学配慮あり26校 率43% 発達障害 全体配慮あり241校 率62% 保健系大学配慮あり22校 率37% 精神障害 全体配慮あり229校 率59% 保健系大学配慮あり20校 率33% 内部障害 全体配慮あり237校 率61% 保健系大学配慮あり22校 率37% 知的障害 全体配慮あり203校 率53% 保健系大学配慮あり21校 率35% (表8おわり) (図5ここから) 図5 「受験時配慮あり」大学の割合の推移 以下、調査実施年ごとに 障害種別 配慮ありの割合(単位は%)の順。 2017 視覚79% 聴覚80% 肢体83% 2019 視覚70% 聴覚74% 肢体75% 2020 視覚70% 聴覚75% 肢体73% 発達62% 2021 視覚67% 聴覚71% 肢体70% 発達59% 精神56% 2022 視覚67% 聴覚70% 肢体70% 発達61% 精神58% 内部63% 2023 視覚69% 聴覚72% 肢体70% 発達62% 精神59% 内部61% 知的53% (図5おわり)  本調査の回答の項目数は800項目以上あるが,この項目1つずつに配点して,障害学生支援ランキングを作成している.それを,朝日新聞出版発行の『大学ランキング』という書籍で公表している.  障害学生支援ランキングは,概要,受験,設備,授業,支援の5分野の各質問・選択肢に対して,それぞれ傾斜配点として,マイナス3点からプラス3点までを施して,その和で各ランキングを,そして,総合計で総合ランキングを計算する.例えば,受験時に大学独自にあらかじめ配慮の内容を定めて,それに応じた配慮を行う場合は2点とか,紛争解決のための第三者機関があるのは3点などと決めている.  それを正規分布という形でグラフにして見ていくと,全ての大学の障害学生支援の現状は,このように分布をグラフで表すことができる.横軸がランキングの得点,縦軸は確率密度関数の値となる.  2017調査から2023調査までの総合ランキングの正規分布は以下のようになる(図6,表9). (図6ここから) 図6 2017調査から2023調査までの総合ランキングの正規分布グラフ グラフの説明 横軸は得点(左橋が最低得点、右に行くほど得点が高くなり、右端が最高得点)。 縦軸は確率密度関数の値:ある得点(横軸)になりうる確率の値。 グラフは2017、2019、2020、2021、2022、2023の年ごとになっている。 縦軸の値がもっとも高いところ(グラフの山の頂点)に、当該の得点を取った大学が集まっている。その値が年を追うごとに下がっている(グラフの山の頂点が下がって山がなだらかになっている)。このことから標準偏差が拡大している、つまり大学間の格差が広がっていることが示されている。 (図6おわり) (表9ここから) 表9 2017調査から2023調査までの総合ランキング得点正規分布グラフ 以下、調査年別に 平均点 標準偏差の順。 2023調査 平均点181.13 標準偏差167.43 2022調査 平均点171.72 標準偏差159.58 2021調査 平均点167.05 標準偏差148.63 2020調査 平均点161.61 標準偏差134.51 2019調査 平均点164.40 標準偏差121.86 2017調査 平均点163.12 標準偏差119.00 (表9おわり)  全大学でも格差が拡大している様子が見て取れる.  この2023調査(上記のグラフの実線部分)を保健系単科大学とそれ以外に分けて集計しなおす.すると保健系単科大学(下記のグラフの点線部分)の障害学生支援の状況の遅れがくっきりと見えてきている.それ以外の大学(破線部分)は平均が上昇している(図7,表10). (図7ここから) 図7 2023調査総合ランキングにおける保健系単科大学の得点正規分布グラフ 横軸は得点(左橋が最低得点、右に行くほど得点が高くなり、右端が最高得点)。 縦軸は確率密度関数の値:ある得点(横軸)になりうる値。 グラフは 1. 全大学の正規分布 2. 保健系単科大学の正規分布 3. 2.以外の大学の正規分布 の種類がある。 縦軸の最も高い値(ブラフの山の頂点)を3種類で比較すると、1.と3.は縦軸の値はほぼ同じである。横軸の値は3.の方が1.よりやや右寄りになっており、3.の方が1.よりやや平均点が上昇していることがわかる。 これに対して2.は、縦軸の値が非常に高く(山の頂点が高く)、横軸の値が大きく左に寄っている。このことから、保健系単科大学は、総じて得点が非常に低いことがわかる。 (図7おわり) (表10ここから) 以下、2023調査に関して、 大学種別ごとに、平均 標準偏差の順。 全体 平均181.13  標準偏差167.43 保健系単科大学 平均54.65  標準偏差91.03 保健系単科大学以外 平均204.41 標準偏差167.87 (表10おわり) 3.医療系学部における障害学生支援の発展と「障害の社会モデル」(殿岡翼:執筆)  ここまで,障害のある高校生の医療系学部受験における相談の現状や,当センターの調査からみえてきた保健系単科大学における障害学生支援の発展の遅れに関する状況を見てきた.なぜこのような状況が生まれてきて,どのように私たちは乗り越えていけばよいのか,障害の社会モデルをカギに読み解いていきたい.  国連の障害者権利条約批准とそれに向けた国内法の改正の中で,日本では障害者差別解消法が制定され,現状の障害学生支援の発展の基礎となる文部科学省検討会報告なども行われてきた.とりわけ直近の報告(第3次まとめ,2024年3月)では,障害学生支援における障害の社会モデルについて強く言及する内容となっている.以下,少し引用する.     本来大学等は,全ての学生が平等に「教育を受ける権利」等を享有・行使できる場である.しかしながら,「障害の社会モデル」の考え方に基づくと,障害のない学生を前提として構築された大学等の仕組みや構造が,障害のある学生にとっての社会的障壁となっている場合がある点に留意が必要である.  障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」を日本の高等教育の現場に当てはめた公文書として,画期的なものであると評価したい.  話を本題に戻す.医療系学部ひいては医療分野全体において障害学生支援が進まない理由を,私は障害の社会モデルがこの分野に浸透していかないことにあると考えている.その理由は何か? 突き詰めて考えていったとき,「社会モデルとは対極にあり障害によって生み出された障壁は個人の責任であり,治療によって社会に適応していかなければならない」という「医学モデル」が,医療系学部・医療分野全体を支配していることにぶち当たるのである.  医師・看護師をはじめとする医療従事者は,治療によって個人を救うという医学の根本を職業の基礎としている以上,「医学モデル」を学ばないことはあり得ない.もちろん私はこれ自体を否定するものではない.ただし,この医学モデルを学んで医療に従事する人が,そののちにあるいは同時に,障害の社会モデルを学ぶということは,個人のなかでパラダイム転換をし続けることもあり,非常に困難と苦痛を生じることは容易に理解できるのである.  私はこれが障害の社会モデルが医療分野に浸透していかない,最大の理由であると考えている.障害の社会モデルを頭で理解しようとしても,「治療によって個人を救う」という医学モデルが医療従事者のアイデンティティに根差している以上,激しい葛藤が生じるのである.しかし,この葛藤の中に医療分野が支配されている以上,医療系学部における障害学生支援の発展を望むことは困難な状況であろう.ではどうすればいいのか.  再び第3次まとめを引用する.     「障害の社会モデル」は,障害学生支援の基本的な理解に関わるものであり,支援に携わる教職員のみならず,大学等の構成員一人一人が理解することが必要である.また,全ての構成員の各業務において,ステークホルダーとなる学生の権利を意識し,他の学生と同様にその権利が保障されることを確保する必要がある.このような理解及び具体的な対応の必要性を全学的に共有し,障害学生支援を大学等の基盤的な機能として根付かせる必要がある.  医療従事者の「医学モデル」と「社会モデル」をめぐる大きな葛藤・困難を乗り越えるためには,「医学モデル」を学んだ医療従事者のための「障害の社会モデル」理解・実践プログラムの開発・提供が急がれる.治療によって個人を救うという医学モデルと,障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという社会モデルが,医療従事者のなかでどう整理され,医療系学部において障害学生支援が発展可能になるのか,この理解・実践プログラムの開発・提供が医学教育発展のカギになるといっても過言ではないだろう.  本特集「インクルーシブ教育を考える」では,多くの「4. 障害のある医療者の体験」が語られている.障害者差別解消の基本は障害当事者による差別事例の提起からスタートする.上記のプログラムの開発にあたっては,障害のある医療者が中心となって行われていく必要があるだろう.そして,そうした開発こそが,「障害の社会モデル」の観点から,ディプロマ・ポリシー,カリキュラム・ポリシー,アドミッション・ポリシーに,障害のある学生にとって社会的障壁となるような項目が含まれていないか確認することにもつながっていくはずである.  具体的には次のようなプログラムが,その初期段階として考えられる.  1. 医療従事者にとっての「医学モデル」を振り返る.  2. 障害のある医療者の体験から社会的障壁について考える.  3. 医療従事者にとっての「社会モデル」を自らの実践を基礎にとらえ返す.  「医学モデル」を学んだ医療従事者のための「障害の社会モデル」理解・実践プログラムは,医療従事者のアイデンティティを保持しつつ,この分野に多くの障害当事者を包摂し,医療系学部において障害学生支援の発展をもたらす鍵となるであろう. 「学びたいときに 学びたい場所で 自由に学べる社会を実現する」  当センターのその実現を目指して,障害をもつ人の教育とりわけ高等教育の分野において,障害学生支援に関するさまざまな情報を提供している.障害学生や大学等を支援し,高等教育機関での障害学生の教育環境や生活環境をより豊かにすることを通して,生きることの営みである「学び」を保障できる社会,すべての人を真に有用な存在として認め,その地位を十分に確立することのできる社会の実現を目指している.今後も医療系学部における障害学生支援の発展を独自のデータから見守りつつ,少しでもこの分野に貢献できれば幸いである. * 一般社団法人全国障害学生支援センター,Nationwide Support Center for Students with Disabilities 受付:2024年4月8日,受理:2024年4月8日