医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 8.色覚の多様性とカラーユニバーサルデザイン 岡 部   正 隆* 要旨:  先天色覚異常は,男女40人に1人という高い頻度で存在する感覚の多様性の一つである.その特徴は,外見ではわからず,配慮を必要とする人が配慮を求めないことであり,色分けや色名で伝える情報や指示が,姿の見えない当事者に正確に伝わっていない可能性を考える必要がある.多様な色覚への対応は,単に色覚異常を持つ医学生への教育上の配慮に留まらず,すべての医療者にとって,医療チーム内,医師患者間の日常的なコミュニケーションの中でも必要である.また,人々の健康を守る医師になる者にとって,色覚異常に対するかつての優生学的な社会的対応を振り返ることは,多様性を認め合う社会において遺伝子差別をどう防ぐかを考える機会を与える. キーワード:先天色覚異常,カラーユニバーサルデザイン 8. Color Vision Diversity and Color Universal Design Masataka Okabe* Abstract:  Congenital color vision deficiency (CVD) is a form of sensory diversity found in as many as one in 40 people, regardless of gender. A key characteristic of CVD is that it is not externally apparent, and those who require consideration often do not request it. Therefore, it is necessary to be aware that information and instructions conveyed through color coding and color names may not be accurately received by those affected. Addressing diverse color vision needs is not only an educational consideration for medical students with color blindness but is also essential for all medical personnel in their daily communication within the medical team and between physicians and patients. Moreover, for those aspiring to become physicians and protect people’s health, reflecting on the historical eugenic social response to CVD provides an opportunity to consider how to prevent genetic discrimination in a society that values diversity. Keywords: congenital color vision deficiency,color universal design,CUD はじめに 先天色覚異常は,日本人男性20人に1人,日本人女性500人に1人,その保因者は日本人女性10人に1人という高い頻度で存在し,その色覚の特性は生涯変化することなく,視力や視野といった他の視機能にも影響がないため,疾病というよりも「感覚の多様性の一つ」と捉えることができる.かつて医学部への入学に色覚が正常であることを条件にしていた時期もあったが,現在ではこの制限も撤廃され,先天色覚異常があっても医師になることができる.制限の撤廃は救急隊員(消防士)を含め全ての医療職についても同様で,協働する医療チームにも,日々外来を訪れる患者にも,現在病棟に入院中の患者にも同じ頻度でこの感覚の多様性は存在する.しかしそれは外見からはわからず,本人がカミングアウトすることもないことを考えれば,目の前の人が対象物の色を自分と同じように認識しているとは限らないことを意識する必要がある.医学教育において,色覚の多様性を取り巻く問題は,先天色覚異常の学生に対する合理的配慮のあり方だけに留まらず,全ての医学生を対象にして,感覚の多様性を踏まえた適切なコミュニケーションのあり方や,人体の専門家としての医師の社会的責任を考える機会を与える. 先天色覚異常の頻度 学校健診で行う色覚検査では,赤緑色盲もしくは赤緑色弱,単に色盲,色弱などとも呼ばれてきた先天色覚異常(後述のP型色覚とD型色覚)を有する児童生徒を明らかにする.かつては義務教育における学校健診の中で事実上の全国民一斉検査として行われていたが,平成14年に学校健診の必須項目から削除され,現在は希望者にのみ検査が行われている.そのため,先天色覚異常を有していても自覚のある学生と自覚のない学生が混在している.日本人男性20人に1人,日本人女性500人に1人の頻度で存在し,40人学級(男女比1対1)であれば,各クラスに1人いる計算になる.民族差があり,白人には黄色人種よりも多く,黒人には少ない傾向にある 1).本邦の医学部への入学制限は徐々に緩和され,平成初期に全廃された.よって現在の医学生にも同じ頻度で存在すると考えられる. 色覚のメカニズムと先天色覚異常 詳細は専門書に譲るが,色覚のメカニズムを簡単に説明する.網膜には,明るい環境で光の刺激を神経の活動電位に変換する3種類の錐体と呼ばれる光受容細胞が存在する.短波長の紫や青い光を受容するS錐体,中波長すなわち緑・黄・橙色の光を受容するM錐体,より長波長の赤い光も受容するL錐体である.網膜に光が投射されると,3種類の錐体がそれぞれの分光吸収特性に応じて興奮し,その情報は間脳を経て大脳後頭葉にある視覚野へ伝えられる.視覚野ではその情報に基づき,短波長領域から高波長領域に向かって,紫〜青〜青緑〜緑〜黄緑〜黄〜橙〜赤といった色がイメージされる.我々が見た光の色は,3種類の原色光を混ぜ合わせることで再現できる(光の3原色)が,それは我々の網膜に錐体が3種類あることと関連する.このような色覚を3色型色覚と呼ぶ.各錐体の分光吸収特性が遺伝的に異なれば,同じ光を見ても脳内でイメージされる色は他の人とは異なる.これが「先天色覚異常」である. 異常と言わない色覚の呼称 先天色覚異常は,進行的に変化するものではなく,視力や視野など他の視機能に異常はないため,「感覚の多様性」の一つに過ぎない.色覚検査や生活指導を行うための眼科診療は別として,教育や社会活動の現場で当事者を「異常」と呼ぶ必要はない.そのためNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)では,一般社会においても使用しやすい色覚の呼称を推奨している 2).まず一番多い色覚を「正常色覚」と呼ばずにC型色覚(commonの頭文字)と定義する.ほとんどの先天色覚異常は,L錐体の分光吸収特性が変化した「1型色覚」と,M錐体の分光吸収特性が変化した「2型色覚」に分類できるが,この1型色覚をP型色覚(英語の1型色覚Protanopeの頭文字)と,2型色覚をD型色覚(2型色覚Deuteranopeの頭文字)とそれぞれ呼ぶ.S錐体の分光吸収特性が変化した「3型色覚」はT型色覚(Tritanopeの頭文字)と呼ぶが,先天的なT型色覚は極めて頻度が低く,むしろ網膜疾患に生じる後天色覚異常として,視力視野障害と共に一時的に現れる.さらにP型色覚やD型色覚には,C型色覚とどの程度異なるかによって,軽度,中程度,強度などの程度の分類がある.この呼称ではABO式血液型のように,色覚のタイプを無用な価値観を添えないアルファベットを用いて表現することで,「異常」という言葉の使用を避けている.ちなみに著者は強度のP型色覚である. P型色覚とD型色覚 L錐体とM錐体の分光吸収特性を担うオプシンタンパク質をコードする遺伝子はX染色体上に並列して存在することから,同一遺伝子の遺伝子重複によって生じたと考えられている.これらの遺伝子の突然変異は通常の点突然変異だけでなく,隣接する2つの異なるオプシン遺伝子間での相同組換えによっても生じる 3).相同組換えによって生じたハイブリッド遺伝子は,L錐体とM錐体の中間的な分光吸収特性を持つ錐体をもたらし,これにより色覚の多様性が生じる.例えば,P型色覚は,L錐体の分光吸収特性が変化し,M錐体との中間的な特性を持つことで生じる.D型色覚は,同様にM錐体の分光吸収特性が変化しL錐体に似たM錐体となることで生じる.L錐体もしくはM錐体が完全に他方の錐体と変わらないほど似ると,M錐体とL錐体は実質1種類の錐体となり,S錐体と合わせて2種類の錐体を持つ2色型色覚となる.これが強度のP型色覚もしくは強度のD型色覚である.前述のように完全に似ないまでも中間的な分光吸収特性を持つ錐体に変化した場合は,3種類の錐体が存在するもののC型色覚とは異なるため,眼科用語では異常3色型色覚と呼ぶ.これが軽度から中程度のP型色覚もしくはD型色覚である. C型色覚の見え方と比較してP型色覚とD型色覚はよく似た見え方をするため,石原式などの色覚検査表(仮性同色表)を用いてスクリーニング検査が可能である.先天色覚異常の診断は,眼科医がパネルD-15試験やアノマロスコープを用いて行うが,その過程でP型色覚かD型色覚かの別,さらにその程度が明らかになる. P型色覚とD型色覚の見え方と困難 錐体の分光吸収特性が異なると様々な色がC型色覚とは異なって見える.P型色覚・D型色覚では,赤と緑の補色の関係が小さくなるが,青と黄色の補色の関係はC型色覚と同様に保たれている.またP型色覚・D型色覚は赤と緑の違いを小さく感じる反面,C型色覚よりも青みの差に敏感という特徴を持っている 4). さて,P型色覚・D型色覚は「赤と緑を識別できない」と一般的に理解されている.赤と緑を識別できないことだけが強調されているのは,C型色覚の人たちに識別しやすい「赤と緑」の組み合わせが機能的なデザインとして世の中で頻繁に使用されており,P型色覚・D型色覚の人がこれを識別できないことに起因する.赤と緑の組合せ以外にも識別が困難な色の組合せが社会で多用されており,紫と青,黄色と黄緑,水色とピンク,青緑色と灰色,赤と茶色,緑と茶色などの色の組合せが識別できずに困ることがある.色分けされた付箋や用紙,蛍光マーカー,各種機器のパイロットランプ,地図や案内図における凡例との色合わせ,避難経路,病院内の誘導線,講義資料のグラフなど,色分けによって区別された情報を理解しなければならない状況では,自然の色よりもむしろ機能的なデザインとして使用される色の識別において困難が生じる.このことは適切な配慮された色づかいやデザインによって,多くの困難を克服できることを意味する. さらにP型色覚では,最も長波長領域の光を認識するL錐体の分光吸収特性が変化するため,知覚できる可視光線の波長の上限が短波長側にシフトする.そのためP型色覚では長波長領域の赤色がもはや赤外線と化し,赤い光を認識できなかったり暗く感じたりする 4).これにより赤ランプが点灯していることに気づかなかったり,赤いレーザーポインターの光が見えなかったり,赤く強調されたはずの文字が黒文字と違って見えず,強調された部分がわからないことがある.D型色覚ではL錐体の特徴はC型色覚と変わらないため,可視光線の範囲はC型色覚と変わらず,赤が暗く見えるということはない. これらの色覚を体験するためには,強度のP型色覚やD型色覚の疑似体験が可能な無料のアプリの「色のシミュレータ」が有用である(QRコード1).「色のシミュレータ」はスマホやiPhoneで使用できるアプリで,カメラ機能を使ってP型色覚やD型色覚の見え方をリアルタイムに確認できる.色分けされた表示を識別できるのかどうか,どのような困難に陥るのかを理解する上で,チェックツールとして大変有用である.これらの疑似体験画像は,最も配慮を必要とする強度のP型色覚やD型色覚のシミュレーション画像であり,軽度や中程度の見え方は元々の画像と各シミュレーション画像の中間になると考えると良い. P型色覚とD型色覚の人のもう一つの困難は,「色名を用いた会話が苦手なこと」である.色名はC型色覚で似たように見える色に同じ色名をあて,異なって見える色には別の色名をあてている.よって一般に用いられている色名は,P型色覚やD型色覚の人の見え方に一致しておらず,彼らの見る色には色名が造られていない.そのためP型色覚やD型色覚の人が色名を用いて会話をする時には,対象物が自分の目にどう映っているかではなく,C型色覚の人に何色に見えているかを想像しながら色名を選ぶことになる.何色と指示された対象物を探す時にも,C型色覚の人にその色に見えていると想像できるものを探すことになり,時として正しく,時として間違って対応することになる.色名を言い間違えることで,その人がC型色覚ではないことに気づくことも多い.よって,「赤いのが」,「青いのが」,といった色名を用いたコミュニケーションに困難がある. 合理的な配慮 P型色覚・D型色覚といった少数派の色覚の人を外見で区別することはできない.しかしながら男女比1:1の40名の集団の中に1名いるという高い頻度であるので,その場にC型色覚以外の人が必ず存在するという前提で教育や診療が行われる必要がある.前述のように困難の多くは,P型色覚やD型色覚にも識別しやすい色づかいがデザインとして採用されていないことに起因しているため,どのようなタイプの色覚の人にも正しく情報が伝わるカラーユニバーサルデザイン(CUD)を採用することで一定の合理的配慮が可能である 2). カラーユニバーサルデザイン(CUD)の3つの原則 色覚の多様性に配慮し,より多くの人に利用しやすい配色を施した製品や施設・建築物,環境,サービス,情報を提供するという考え方を「カラーユニバーサルデザイン(CUD)」と呼ぶ2).CUDには3つの原則がある.①できるだけ多くの人に見分けやすい配色を選ぶこと,②色を見分けにくい人にも情報が伝わるようにすること,③色の名前を用いたコミュニケーションを可能にすることである.信号機を使ってこの3つの原則を説明する.信号機には,青(緑),黄,赤の3色のランプが使われているが,信号機で使われている青信号(緑)は青みの強い青緑色を採用している.この青緑色は,緑よりも短波長の光でありS錐体を強く刺激するため,P型色覚・D型色覚の人にとっても黄や赤と見分けやすい.これが原則①を満たしている.次に,この3色のランプは位置が異なっている.すなわち左が青信号,中央が黄色信号,右が赤信号になっており,色だけでなく信号機のどの位置のランプが点灯しているかでも情報が伝わるようになっている.これが原則②の「色を見分けにくい人にも情報が伝わるようにする」に相当し,色だけでなく形態にも差をつけることで区別が容易になっている.最後に「赤は止まれ,青は進め,黄色は注意」のように,信号機に使われているランプの色名については幼少時より繰り返し指導されており,P型色覚・D型色覚の子どもであっても,信号機のランプの色を青(緑),黄,赤という色名で表現すれば良いことを理解している.これにより信号機は原則③「色名を用いたコミュニケーションを可能にする」を満たしている.テレビのリモコンのカラーボタンに色名が表記されているように,色分けされた用紙であれば,片隅に「水色」「ピンク」などと記載することで原則③は達成できる. CUDで学習環境・労働環境を整える 学習環境や労働環境の整備にCUDを採用し合理的配慮を行うには,まず色の識別を必要とする行為を抽出する必要がある.講義資料やパワーポイントの色づかい,使用する電子機器のパイロットランプの色,避難経路を含めた施設のサイン計画,色分けされた患者用の施設内誘導線,地図の色分けなど,色分けによって情報を区別する場面は多岐にわたるが,これらがP型色覚・D型色覚にも区別できるかどうかを確認する.アプリ「色のシミュレータ」を用いて確認するか,ゴーグル型の色弱模擬フィルタ「バリアントール」も確認に有効である(QRコード2).P型色覚・D型色覚のボランティアが協力してくれる場合には,必ず対象物を差し示しながら「ここは2色に塗り分けられていますが,区別できますか?」のように質問する必要がある.なぜなら,ボランティアに区別できない対象物はそこに区別があることがわからず,「ここは大丈夫ですか?」と質問するだけでは「大丈夫です」と答える結果となり,問題が見過ごされてしまう. 続いて,環境整備に関していくつかの例を挙げる. ◯ チョーク: P型色覚・D型色覚にも赤,黄,緑,青の4色が区別できるように顔料を調節したカラーチョークがすでに販売されている. ◯ パワーポイントや講義資料の色づかい:装飾としての色づかいは自由な色を選ぶことで問題ない.しかし,色分けして異なる情報を指示する場合には,すべてのタイプの色覚で識別しやすい色の組み合せを選ぶ必要がある.その条件を満たす色のセット「CUD推奨配色セット」はすべての色覚の人に識別しやすい色を選んでおり,RGBコード,CMYKコードで色を指定することができる(QRコード3).またこの色をマイクロソフト社Officeのテーマとして導入し,カラーパレットにCUD推奨配色セットを設定することもできる(QRコード4). ◯ 病院内の誘導線の色分け:誘導線に色分けがある場合,似て見える色を組合せて使用しないように,CUD推奨配色セットを採用する.さらに案内係に色名で特定の誘導線を指示されても困らないように,誘導線上に色名を表示しておくと良い. ◯ 付箋や用紙の色分け:用途や目的によって色分けされた所定の用紙には,用紙の片隅にその用紙の色名を記載しておく.付箋は小さいので見分けやすい色の組み合わせをアプリ「色のシミュレータ」を用いて事前に選んでおくと良い. ◯ 医療機器や電子機器のパイロットランプ:青色LEDが開発されて以来,P型色覚やD型色覚に識別が困難であった緑〜黄色〜橙〜赤の範囲のLED以外に,それらと識別しやすい青や白のLEDが採用されるようになった.一つのランプの色が緑〜黄色〜橙〜赤の範囲で変化して,電子機器の状態を知らせる場合,P型色覚やD型色覚にはランプの色の変化がわかりにくく,機器の状態を把握することが難しい.新規に電子機器を導入する場合には,機器の状態がランプの色の変化ではなく,点灯,点滅,消灯の別で知らせるか,異なる位置に設置されているランプの点灯で区別できるようになっている機種を選定すると良い.P型色覚・D型色覚では,赤と緑の補色の関係は小さくなっているが,青と黄色の補色の関係は保たれているため,寒色系と暖色系に色が変化するランプはC型色覚と変わらず識別できる.しかし上記の原則が守られている機種を選ぶのが良い. 適切な指導 P型色覚・D型色覚の人は,自らの色覚の特性を知り,幾らかの知恵を身につけておくと,遭遇する困難があっても他者と協働しやすくなる.従って当事者には,人間の色覚には多様性があること,P型色覚・D型色覚は少数派の色覚であること,能力的に劣るのではなく見分けるのが得意な色が多数派であるC型色覚と違うこと,C型に最適化された社会では時々不便に感じる色分けがあちこちにあることなどをまず確認する.次に,様々な工夫で困難を乗り越えられることを紹介する.例えば,授業で扱った対象物は,色以外の形の違いを探して区別する方法を検討すること,対象物の色名は覚えておくことで,C型色覚の他者へ説明がしやすくなること,文房具や衣類など自分の使用している物の色名は覚えておくと様々な場面で説明しやすくなること,スマホを使える環境にある場合は色名を教えてくれる「色彩ヘルパー」などのアプリが使用できること,困難を感じた時には信頼できる教員や友人に助けを求めることなどが挙げられる. P型色覚・D型色覚の人は,色で区別しにくい場面において,形態の違いなどを利用して必要事項を区別することで社会に適応しているが,その区別する方法を体得するには時間もかかる.大量情報を処理することを強いられる医学教育では,時間をかけて区別する方法を編み出すことが困難な場合が多い.「赤い」と説明されてわからない時に,色以外の特徴で対象物を区別する方法を瞬時に見つけなければならない.例えば,顕微鏡実習においては,染色された標本の中の細胞を色の違いで探し出せるものとして説明されることが多いため,色の違いに頼らず形態で細胞を区別できるようになる必要がある.そのためには,指導者とともに顕微鏡を覗きながら,細胞を同定するコツを掴まねばならない.ディスカッション顕微鏡を用いたり,タブレット上の画像で指導したりすることで,特定の細胞を区別できるようになり,形態学に興味を持つ学生に何人も遭遇している.他の例として,P型色覚やD型色覚にとって粘膜の発赤はわかりにくいが,拡大して観ることで血管の拡張による模様が周囲と異なることによって形態的に区別できるようになることも多い.診断学の教科書は,C型色覚の学生に学びやすいように記載されているため,その他の色覚の学生は少し時間をかけて自分なりの識別の方法を編み出さねばならない.色の変化している部分とそうでない部分を教師データとして与え,ディープラーニングさせる機会を確保することが重要である. 見えるものが違うということ 日常的に,どこかに違いがあるのではないかと思いながら対象物をしっかり観察することによって,時として常人には見つけられない違いを見つけ出すことがある.大多数の人が気づかなかった違いを発見する喜びを体験し,研究者の道に進む人は少なくない.著名な学者がP型色覚やD型色覚であったこともよくある話で,色覚の違いを発見したジョン・ダルトン博士も物理学や化学の分野で活躍し,分子量の単位としてその名を残した 5).彼がD型色覚であったことは,彼自身のオプシン遺伝子の解析で示されている 6).著者が以前に働いていた研究所で先天色覚異常を有する教官を探したところ,全教官の1割がP型色覚やD型色覚であった.常識はずれのことを指摘し探究してこそ研究者であるならば,大多数の人と見るものが違うことはアドバンテージなのかもしれない. 先天色覚異常から学ぶこと 陸軍軍医であった石原忍博士が石原式色覚検査表を開発したのは大正5年であり,当初は徴兵検査に用いられていた.色覚検査は,外見では識別できないX連鎖潜性遺伝(伴性劣性遺伝)の遺伝形質を,簡易的な方法で見抜くことができる優れものであり,遺伝子検査そのものであった. 戦後の日本では学校健診の中で色覚の一斉検査が続いた.色覚異常とされた生徒は,色の区別ができないことで危険を犯す可能性があるという理由で,進学差別や就職差別の中を生きることになる.劣った形質を排除することで社会の健全さを保つという優生思想は戦後も継続し,昭和30年頃の保健体育の文部省検定教科書にも,優生的観点から色盲の人との結婚は避けるべきであり,迷ったときは優生相談所で相談すると良いと書かれている 7).その根拠となった優生保護法が母体保護法に変更されたのも平成8年である.パーソナルゲノムの時代に,シーケンシングによって明らかになる遺伝病等に対して起こりうる遺伝子差別を考える上で,先天色覚異常にかかる遺伝子差別の歴史から学ぶことは多い.多様性を受け入れる社会を目指そうとする現在の医学生にとって,医師の社会的責任を考える上で良い題材になると考えられる. 文 献 1) 北原健二.先天色覚異常-より正しい理解のためのアドバイス-金原出版,東京. 2) NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構 http://www.cudo.jp/ 3) Nathans J, et al.Science 1986; 232: 203-10. 4) 岡部正隆,伊藤啓.細胞工学2002; 21: 909-30. 5) Dalton J. Mem Literary Philos Soc Manchester1798; 5: 28-45. 6) Hunt DM, et al. Science 1995; 267: 984-8. 7) 川端裕人.「色のふしぎ」と不思議な社会―2020年代の「色覚」原論-筑摩書房,東京. * 東京慈恵会医科大学解剖学講座,Department of Anatomy, The Jikei University School of Medicine 受付:2024年4月1日,受理:2024年4月2日