医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 7.聴覚障害をもつ保健医療従事者の就労実態と課題 関 口   麻 理 子*1, 2 要旨:  欠格条項の改正後,聴覚障害をもつ保健医療従事者は増加しており,様々な分野で活躍しているが,その総数は明らかでない.就労環境は充分整備されているとは言い難く,個々の努力や職場ごとの試行錯誤で成り立っているのが現状である.保健医療資格を目指す高等教育機関への入学者はまだ少数派であり,教員や指導者も聴覚障害者と協働した経験が少なく,理解が進んでいない.卒業後も研修やキャリアアップの課題がある.多様性を考慮した医療サービスの提供のためにも聴覚障害をもつ保健医療従事者がいることの意義があり,情報保障やコミュニケーションに配慮した,よりよい就労環境の構築のための情報共有や支援制度の整備が求められている. キーワード:聴覚障害,欠格条項,情報保障,合理的配慮,保健医療従事者 7. The Employment Landscape and Challenges Facing Healthcare Professionals with Hearing Impairments Mariko Sekiguchi*1, 2 Abstract:  Following the amendment of the Exclusionary Clause, there has been an increase in the number of healthcare professionals with hearing impairments actively contributing in various fields, although the total count remains unclear. Drawing from experiences and inquiries received by the Japan Network of Deaf and Hard of Hearing Medical Professionals, this paper examines the current status and challenges faced by these individuals. The work environment for healthcare professionals with hearing impairments is not adequately established, largely relying on individual efforts and trial and error within workplaces. The enrollment of individuals with hearing impairments in higher education institutions aiming for healthcare qualifications remains limited, with educators and mentors often having limited experience in collaborating with individuals with hearing impairments, indicating a lack of understanding. Barriers to training and career advancement persist even after graduation from higher education institutions.  The presence of hearing-impaired healthcare workers is significant to provide medical services to a diverse population. There is a need for the use of text and sign language interpreters, as well as the development of information sharing and support systems, to create a better working environment that accounts for communication needs. Keywords: hearing impairments, exclusionary clause, development of information, reasonable accommodation, healthcare professionals はじめに  2001年の医療法等の改定により,保健医療資格の障害に関わる「絶対的」欠格条項が撤廃された.その後保健医療資格を取得,または医療介護福祉分野で就労する聴覚障害者は増加している.しかしながら,その就労環境はまだ十分整っているとは言い難く,個人や職場の努力や試行錯誤でなんとか成り立っている.背景には聴覚障害が見えない障害であること,聴覚障害に対する「相対的」欠格条項が,多くの保健医療資格で残されていることが少なからず関係している.  筆者はリハビリテーション科専門医として就労している勤務医であり,両耳補聴器装用した重度難聴者として,2001年設立当時より「聴覚障害をもつ医療従事者の会(以下;聴障医会)1)」の会員である.今回は聴障医会に寄せられた情報や相談を中心に,聴覚障害をもつ保健医療従事者の現状と課題を提示し,保健医療現場や教育現場の課題について考察したい. 1.聴覚障害をもつ保健医療従事者の現状  (1)聴覚障害をもつ医療従事者の会  当事者任意団体である聴障医会は,2001年欠格条項撤廃運動が盛り上がりを見せる中,医療系国家資格をもつ聴覚障害当事者の団体として,9名の有志で発足した2).その後法改正により,絶対的欠格条項が撤廃され,会員数が増えている.特に2020年からのコロナ禍以降,聴覚障害をもつ保健医療従事者の困難が顕在化されたこともあって,入会希望者が増えた.現在の会員数は98名,14職種以上となっている(表1).しかし,この会は任意加入であり,入会していない保健医療資格所持者,または保健医療従事者が相当数おり,総数は確認されていない.過去には聴障医会が協働し就労実態調査が行われている3).最近では2021年に栗原らにより「医療従事関連国家資格を有する聴覚障害者の就労実態に関する研究4)」として行われ,ホームページに概要が示されており,今後詳細な報告が待たれている. (ここから表1) 表1聴覚障害をもつ医療従事者の会会員構成(注1) 医師16名 歯科医師4名 看護師(注2)27名 薬剤師25名 診療放射線技師1名 臨床検査技師5名 臨床工学技士3名 理学療法士3名 作業療法士2名 言語聴覚士6名 社会福祉士3名 歯科技工士1名 医療事務1名 介護施設勤務1名 注1:2024年1月現在の会員構成である 注2:看護師の中には保健師や准看護師も含む (表1おわり) (2)聴覚障害をもつ保健医療従事者の就労の実際  聴覚障害をもつ保健医療従事者でも,患者や同僚とのコミュニケーションは,補聴器や人工内耳を用いた聴覚や音声の活用をしている者が多い5).健聴者が中心の職場なのでやむを得ない面もあるが,最近は補聴器用のデジタル補聴システムのロジャー®等補聴を支援する機器の普及により,より活用しやすくなっている.しかし,聴覚活用している者でも,聴覚だけでは不十分で,読唇や筆談等文字情報で補完している.コロナ禍以降,ほとんどの職場でマスクの着用が義務化され,読唇ができないことでコミュニケーションの困難に直面した者が多い.筆者の職場では透明マスクの使用が許可されたが(図1),国産の医療用透明マスクの販売はなく,導入されている職場はわずかである6). (ここから図1) 図1透明マスクをつけたカンファレンス風景 カンファレンス参加者が透明マスクをつけ,腸かう障害者はロジャーを集音マイクにして音声認識アプリUDトークも見ながら参加している. (図1おわり)  近年,音声認識の精度が飛躍的に向上し,タブレット端末用の各種音声認識アプリやシステムが開発されており,聴覚活用の補完として,または聴覚活用が困難な重度の聴覚障害者にも利用されている.また,電子カルテの普及により,患者情報が一元化され,他職種が収集した情報を閲覧し共有しやすくなっている.電子カルテに組み込まれたメールシステム等のイントラネットを用いた連絡手段も整備され,電話に代わる連絡手段として利用されている.さらに,補聴器や人工内耳,音声認識端末等を携帯電話とBluetooth接続することで,電話の利用をしやすくなったという声も聞かれている.  様々な支援ツールが活用されているが,コミュニケーションや情報共有は双方向性のものであり,聴覚障害者だけが工夫して成り立つものではない.音声認識の利用には,話し方や話す位置,会話を始める際に合図をする等,話し手側の配慮が必須である.ある現場では,カルテの記録を丁寧に行ったり,口頭指示をせずカルテ上に指示をだすこと,臨時緊急の指示であっても伝達メモのやり取りをしたり,復唱による確認が徹底されたりしている.それは聴覚障害者の為だけではなく,医療チーム全体の安全性向上に寄与している.  聴障医会には保健医療従事者のシンボルともいえる聴診器についての問い合わせが多いが,音響増幅機能付きの電子聴診器や,補聴デバイスとBluetooth接続できる聴診器,オシログラムで表示できる聴診器を使用している者もいる.しかし,医療現場であっても,聴診器の使用は限定的であり,聴診以外の診療手技を用いて対応できていることが多い6).筆者の場合,患者の表情,顔色,姿勢や歩行状態,浮腫の観察,呼吸パターンや呼吸数の観察等の視診や触診,問診に加えて必要に応じてレントゲンや超音波など検査を組み合わせて診療を行っている.同僚医師や看護師に代理で聴診を依頼することもあるが,まれである.このように,聴覚障害をもつ保健医療従事者はそれぞれの現場で必要に応じて同僚や上司と相談しながら,時に患者とも協働して就労している.決して健聴者と同じ方法に近づけることを目指すのではなく,聴覚障害者流の工夫や健聴者との業務分担を試行錯誤しながら編み出している. (3)聴覚障害をもつ保健医療従事者の困り事  聴障医会でよく聞かれる困り事の一つに電話対応がある.メールの利用も普及しているが,保健医療分野では,未だ電話の活用が多い.情報伝達ミスを防ぐ為にも,電話での指示や確認よりメール対応の方が安全と筆者は考えるが,忙しい現場では時間効率重視で電話活用が多いのが現状である.聴覚障害者にとっては,相手が見えず聴覚だけに頼る電話は,伝達ミスのリスクが高く,非常に緊張を強いられる.しかし,対面で聴覚を利用してコミュニケーションが取れているように見える者の場合,「努力すれば電話もできる」「社会人として電話くらいは」というような誤解からくるハラスメントを受けやすい.筆者の場合は,外線電話は出ないルールを徹底し,他院との連絡もできるだけメールでお願いしているが,支障を生じることはほとんどない.このように業務を行う際に電話の受電は必須ではないと考えるが,まだまだ理解が不足しており,医療安全の観点からも改善が望まれている7).  看護介護職の場合は,ナースコールの問題もある.最近のナースコールはPHS端末で受け答えができるが,聴覚障害者には使用しにくい.製品によっては補聴器等とBluetoothで接続できるようであるが,まだ普及しておらず,表示された部屋番号へ駆けつけるようにするなど,対面で対応する工夫や,同僚の支援を得たりしているようである.そのため,休日や夜勤等人員体制が手薄になる時間帯の業務に制限が出されることもある.  次に,輸液ポンプやモニターなどのアラーム音の課題である.フラッシュランプで知らせる物もあるが,目に入らない位置にいると気が付けない.バイブレーションでの通知ができる機器が普及することが望まれるが残念ながらまだそうなってはいない.障害の状況にもよるが,聞こえないまたは聞こえにくいことを周知し,同僚や他職種の協力で知らせてもらい,アラーム発生後の対応を専門職として行うのが良いと思われる.  困り事として寄せられる最たる課題はやはりコミュニケーションである.栗原らの報告でも障害によるコミュニケーションと会話の制約が就労上の障壁としてあげられている5).例えば,保健医療現場で近年重視されているチームカンファレンスや会議での情報保障不足も困り事として挙げられる.聴覚障害者は複数人での会話が苦手であり,補聴支援機器や音声認識アプリの使用,同僚による筆談等の工夫が必要だが,いずれも参加者の協力が必須であり,困難の状況は職場の理解や参加人数によって差がある.また,正式な会議ではなくても,「口コミ」「噂」という形での情報はほとんど伝達されない.それは,職場の人間関係の構築に支障が出てくるだけではなく,例えばコロナ禍でよくあったような,緊急の業務指示変更が正しく伝えられないといった困り事もある.いずれも自身の状況を周囲と共有することが重要であるが,聴覚障害は見えない障害ゆえに周囲から理解されにくいという事が大きな課題である.身体障害者手帳交付対象にならない軽度の聴覚障害者のほうが,就労満足度が低かったという報告もある8, 9).  最後に,自己研鑽やキャリアアップの壁もある10).院内外で行われる各種研修には情報保障がついていることはほとんどない.e-ラーニング等の視聴教材に字幕がついていることも少ない.そのため,各自が自己負担で1回数万円の通訳費を負担するか,参加そのものをあきらめることになる.研修の主催者や学会へ情報保障の相談等申し入れをしても費用負担を理由に断られることが多い.保健医療従事者は生涯にわたり研修や自己研鑽が必要であり,研修申し込み時点で情報保障の申請ができたり,動画教材には字幕を整備する等の配慮を望みたい.日本薬剤師会の学術大会では数年前より先進的な取り組みとして,手話通訳や文字通訳等の情報保障が準備されており,大会ホームページで申請が可能で,多くの聴覚障害をもつ薬剤師が参加している11).2024年からは民間の事業者にも合理的配慮の提供が義務化されることもあり,他学科や職場の研修でも一層の整備がされることを期待したい. 2.専門教育機関での課題  (1)相対的欠格条項と受験の壁  聴障医会では聴覚障害学生の支援や相談窓口にもなっている.その中には保健医療資格を目指す高等教育機関の受験に関する相談もある.聴障医会にはすでに様々な専門職が医療や介護,福祉の現場で活躍しているにもかかわらず,その存在はあまり知られていない.そのため,「聞こえなくても資格が取れるのか?」「受け入れてくれる学校があるのか?」「資格を取った後に働ける場があるのか?」といった相談が保護者や教員から寄せられる.  また,実際に受験に際して,「実習の保障ができない」「欠格条項があり,資格が取れない可能性」といった理由を示して入学の門戸を閉ざす学校も少なからず存在する.また,学科によっては,MRIのような補聴器が使えない医療機器を使用する必修の単位取得が難しいと難色を示されたり,聴診器が使えることが入学の条件とされる等,健聴者と同等のカリキュラムをこなすことを求められる事もある.また,医師法等の法律には,「心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるものには免許を与えないことがある」という「相対的」欠格条項が残されている.この厚生労働省令に定める者には聴覚障害者が含まれており,その条文を見た受験生から,苦労して医学部に入学しても免許がもらえない可能性があるなら,最初からあきらめたほうがいいのか?といった,進路選択の不安を寄せられたこともあった.実際には,法改正後に聴覚障害を理由に免許が交付されなかった事例は確認されていないが,同法改正時の付帯決議に記された,改正5年後をめどにとした検討や必要な措置(法改正)については,残念ながら現在まで行われていない.聴覚障害をもつ保健医療資格所持者の存在は少数派であるため世間から見えにくい.さらに法律が後押しをしてしまう形で,聴覚障害をもつ学生の進路の選択肢に保健医療職が入りにくく,余計に注目されないという悪循環が生じている可能性がある12). (2)専門教育課程での課題  保健医療資格を目指す専門教育機関に入学した学生も様々な困難に直面する.近年,教育機関での合理的配慮提供が浸透しつつあり,高等教育機関の支援部門ネットワーク(PEPNet-Japan)があり13),情報交換ができる.しかし,多くの保健医療資格を目指す高等教育機関では,聴覚障害学生の受け入れが初めてで,ネットワークに加入しておらず,学校によって対応に差が出ている.授業には,学生からの申告を受けて,情報保障が付けられることがあるが,入学したての聴覚障害学生はどのような配慮を求めるべきかわからない.そのため,支援の申し出をせず,学校側も申し出がないため大丈夫であると思い込んでしまい,学年が進んでから困難が明らかになるケースもある.情報保障がついても,専門用語の通訳が難しく十分内容を把握できない事もある.一方,音声認識を用いた文字通訳を有効に利用している学校もある.グループワークが多くなっている昨今の授業形態では,同級生の協力が必須であるが,オンラインでは協力を得にくいため,注意が必要である.学校によっては,有償ボランティア方式で,学生による支援体制構築を援助しているところもある.  実技の課題では,聴診法による血圧測定ができず,電子血圧計等代替手段が認められずに留年してしまったケースもあった.一方で,電子血圧計による測定で代替している学校もある.学校側もどこまで代替手段が認められるのか判断に迷うことがあり,医療系の専門教育機関の障害学生支援情報ネットワークや事例共有が望まれる.学内での配慮が行えていたとしても,実習先で配慮が得られず,聞き返して叱責を受ける等のトラブルに見舞われることもある.障害学生の場合は特に,実習先への十分な情報提供や事前の打ち合わせ等準備が必要である.  聴障医会の会員からは,高等教育機関での経験よりも実際の就労現場のほうが楽であった,という声を多く聞く.就労後のほうが個別の対応や配慮を求めやすく,困難が少ないというのは筆者も実感する.この事からも保健医療従事者を養成する教育機関でのカリキュラムがいかに健聴者仕様になっているかがわかる. 3.保健医療現場での合理的配慮の課題  (1)ロールモデル不在の問題  保健医療現場や高等教育機関での実習時の合理的配慮が進まない理由の一つは,ロールモデルとなる前例の不在がある.就労現場,または実習先においては初めてのケースとなるため,受け入れ側は,聴覚障害者にどのような困難があり,どのような配慮が必要かわからない.聴覚障害者側にも就労や実習は初めての経験となり,業務遂行する上で,どのような困難があり,どのような対策や代替手段が取れるのか見通せていないことがほとんどである.そのため,実際に就労していく中で互いに困難に気付くことになるが,困難が聴覚障害によるものなのか,新人職員である本人の能力や技能の課題なのかの区別がつきにくい.そのため,良かれとされた指導がハラスメントに繋がりやすいため注意が必要である.聴覚障害者本人も「聞こえる」状態を知りえないために,自身の不利益に気が付きにくく,努力不足や能力不足と自信を失ってしまうことになりかねない.実習や研修の際には特に十分な情報保障がされることが重要である. (2)保健医療現場における聴覚障害理解の課題  保健医療現場で理解が進まない理由の一つに,前述の高等教育機関への入学の壁や過去の絶対的欠格条項の影響が考えられる.多くの保健医療従事者は聴覚障害学生と共に学んだり,同僚として働いた経験を持っていない.そのため聴覚障害者に対する知識もドラマや本で得られたものに限られ,「聴覚障害者=手話,筆談,話せない」のような固定したイメージに偏りやすい.難聴者の場合,発話ができる為に「聞こえている」と誤解され,電話の業務の強要等のハラスメントにつながってしまうこともあった.また,「障害者=支援しなければならない人」のように負のイメージを持たれやすい.しかし,聴覚障害をもつ保健医療従事者は配慮を受ける必要はあっても,支援されるだけではなく,専門性や個々の能力を発揮して他の職員を支援することもあり,協働して働いている.  健聴の保健医療従事者は聴覚に頼った方法で業務を遂行している.そのため,聴覚を用いずに業務を行うイメージがなく,聴こえないなら無理である,と考えがちである.しかし,前述の聴診器問題のように,聴診以外の診断手技や聴覚に頼らない検査機器も存在し,聴診器は健聴者に便利な医療器具の一つに過ぎない.電話も,健聴者にとっては便利な通信機器であるが,必須の業務とまでは言い難い.今までの保健医療現場や教育現場は,聴覚を用いることができる健聴という特性をもった者だけで築かれてきた.おそらく他の障害についても同様であろう.そのため,本来は多様性を理解しているべき保健医療従事者は,多様性のある仲間との体験が乏しく,当事者意識を持ちにくいため,理解が進んでいないという課題がみえる.筆者の経験であるが,大学時代,「手話セミナー」という教養科目を選択していた.この授業では聴覚障害者の他にも,視覚障害者や盲ろう者,肢体不自由者などによる講演が毎週行われていた.講義後に交流会が設けられ,様々な障害者と共に過ごす体験を提供していた.授業後も地域で交流を継続している学生もおり,筆者も同様であった.その経験は現在の臨床の場で生かされていると感じている.多様性を体験することが少ない保健医療従事者には,このような教育や研修を必修とする等の仕組みも必要とされているのではないだろうか. (3)経営効率と時間効率  国の医療費抑制方針で,診療報酬改定の都度,厳しい経営を強いられている事業所が多く,経営効率を上げることが求められている.経営効率と働き方改革の両面から,残業を抑制するため,時間効率も求められている.一人がより多くの業務をこなすことを求められ,配慮が必要な聴覚障害者の存在がマイナスであるかのように捉えられる恐れがある.前述の電話の問題についても,時間効率が優先される現場では電話が多用されている.カンファレンスや会議での情報保障のための音声認識ツールの導入や通訳の配置は費用がかかり,経営的側面から敬遠される.  しかし,本当にそうであろうか.メールの利用により伝達の漏れや齟齬が減り,やり取りも1回で済むため逆に時間短縮になる場合もある.聴覚障害をもつ保健医療従事者への情報保障は,導入にコストがかかったとしても,ともに働く他の従事者にとっても安全のために必要な配慮であり,結果的には人材の有効活用につながり,すべての人により良い職場へとつながると考える.  また,経営効率と時間効率が優先される中では,患者対応においてもまた「手のかかる」患者を敬遠する風潮を呼びやすい.コミュニケーションに時間のかかる聴覚障害をもつ患者に対する検査の敬遠や不十分な説明により受療権が妨げられていると思われるケースも聞かれている.それらの患者についても,医療提供側に聴覚障害に対する知識や理解があれば,解決できることもある.健聴の従事者が,聴覚障害をもつ保健医療従事者と工夫や協働をする中で得られる共に生きる当事者としての体験は,患者対応の際にも生かすことができる14). (4)障害者雇用制度の課題  栗原らの調査では,身体障害者手帳交付を受けている者は69.6%であった.残りのものは交付を受けていない「軽度」の障害者であると思われる.しかし,困り事が軽度であるとは限らず,合理的配慮を必要としているはずである.障害者雇用促進法では,軽度の障害者であっても合理的配慮の提供が義務付けられている.しかし,手帳未交付の障害者は,障害者雇用助成金等制度の対象外となり,経営に余裕のない医療機関では必要な環境整備等配慮が難しい.また,雇用助成金の制度は定着支援を目的としていることもあり,入職後6カ月以内に使用する必要がある.保健医療職は,6カ月以上の研修期間があることも多く,また,初のケースでノウハウがないため,申請が間に合わなかったり,そもそもこの制度を知らない職場も多い.同じ職場であっても業務内容が変化したり,コロナ禍のマスク着用のような就労環境が激変することも多い医療現場では,この制度の恩恵にあずかれることは少ない.  障害者手帳交付を受けていないものは,補聴器にさえも自己負担を強いられている.多くの聴覚障害者は情報保障にかかる費用も自己負担となり,職場の理解を得たとしても,経営の負担になっている.聴覚障害者への情報保障等合理的配慮は,医療安全を守るためにも,医療の質を向上するためにも必要なものである.例えば,電話リレーサービスが公共インフラとして,聴覚障害者のみが負担するのではなく,ユニバーサルサービス料として電話を利用するすべての人が負担する仕組みになっているように,営利を目的としない保健医療現場では,何らかの公的な支援制度を設けて環境整備をする必要があるのではないだろうか. まとめ  聴覚障害をもつ保健医療従事者の現状と課題について報告した.少しずつ就労環境は改善されており,資格を活かして就労継続できている者が多いが,医療現場特有の課題も残る.  聴覚障害をもつ保健医療従事者の存在は,多様性を考慮した医療サービスの提供という観点からも大きな意義がある.聴覚障害をもつ保健医療従事者が当たり前になるためには,高等教育機関の入学の門戸をさらに開き,欠格条項の見直しを含めた法整備も必要である.それまでは,障害を学ぶための授業や研修を設けることも一案である.また,個々の事例の合理的配慮の経験の蓄積を共有し利用できる仕組みや,教育や研修のノウハウの共有を進める必要がある.また,情報保障を中心とした合理的配慮を促進する公的な支援制度の早期構築を望みたい. 文 献 1) 聴覚障害をもつ医療従事者の会 https://jndhhmp.org/ 2) 聴覚障害をもつ医療従事者の会編.医療現場で働く聞こえない人々,現代書館,東京,2006. 3) 聴覚障害をもつ医療従事者の会調査研究. https://jndhhmp.org/%e8%aa%bf%e6%9f%bb%e7%a0%94%e7%a9%b6/ 4) 医療従事関連国家資格を有する聴覚障害者の就労実態に関する研究. https://www.reddy.e.u-tokyo.ac.jp/act/employ ment_for_hearing_impaired.html. 5) 栗原房江,廣田栄子.聴覚障害をもつ保健医療従事者の就労:20年の変遷と課題. Audiology Japan 2023; 66(5): 447. 6) 聴覚障害をもつ医療従事者の会 聞こえを補う工夫・ツール. https://jndhhmp.org/%e3%81%8d%e3%81%93%e3%81%88%e3%82%92%e8%a3%9c%e3%81%86%e5%b7%a5%e5%a4%ab%e3%83%bb%e3%83%84%e3%83%bc%e3%83%ab/ 7) 栗原房江.聴覚障害をもつ医療従事者の電話業務.看護展望2024; 49(4): 45. 8) 栗原房江,廣田栄子.聴覚障害をもつ保健医療従事者の現状と課題.Audiology Japan2012; 55: 669-78. 9) 栗原房江.聴覚障害をもつ看護職の就労の現状.日本看護研究学会第49回学術集会講演集.2023.p.144 10) 栗原房江.聴覚障害をもつ看護職の研修や学会参加とキャリアアップ.看護展望2024; 49(4): 63. 11) 第56回日本薬剤師会学術大会.https://www.c-linkage.co.jp/jpa56/translator.html 12) 採澤友香.「門前払い」をなくすために.障害のある人の欠格条項って何だろう? Q&A(臼井久美子編著).解放出版社, 大阪.2023.p.126. 13) 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan). https://www.pepnet-j.org/ 14) 関口麻理子.聴覚障害をもつ医療従事者の役割と就労支援.月刊保団連2022; 1361: 26-31. *1 社会医療法人社団千葉県勤労者医療協会船橋二和病院リハビリテーション科Funabashi-futawa Hospital *2 聴覚障害をもつ医療従事者の会,Japan Network of Deaf and Hard of Hearing Medical Professionals 受付:2024年3月19日,受理:2024年3月21日