医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 【5.医学部教育におけるダイバーシティ推進】 5-3.鳥取大学医学部における手話言語教育の取り組みについて 海 藤   俊 行* 要旨:  鳥取大学医学部ではカリキュラムの改変を機に,2008年度から医学科学生に教養科目として手話言語教育を実施している.必修科目の基礎手話言語では,コミュニケーションの基本となる手話表現とともに,聴覚障害者が社会で直面する課題と必要な配慮について学修する.選択科目の医療手話言語では,医療現場のコミュニケーションに必要な手話表現とともに,聴覚障害者が病院で直面している課題と必要な配慮について学修する.このような取り組みの結果,本医学部から手話言語教育を受けた多くの医師が輩出されており,聴覚障害者が安心して受診できる医療の提供に貢献している.今後は,全国の医学部に手話言語教育が広がっていくことが望まれる. キーワード:基礎手話言語,医療手話言語,コミュニケーション,聴覚障害者,ろう者 5-3. Sign Language Education at Tottori University Faculty of Medicine, Toshiyuki Kaidoh* Abstract:  The Faculty of Medicine at Tottori University has integrated sign language education into its curriculum since 2008, taking advantage of opportunities arising from curriculum revisions. Through the mandatory course titled “Basic Sign Language,” medical students acquire essential sign language expressions and develop an understanding of the challenges that people with hearing impairments face in society, as well as the necessary accommodations required. In the advanced elective course “Medical Sign Language,” students are taught sign language expressions that are vital for effective communication in medical settings. They also gain insights into the specific difficulties experienced by individuals with hearing impairments in healthcare environments and learn about the appropriate accommodations needed. Owing to these educational efforts, the medical school has produced a number of physicians trained in sign language, enhancing the accessibility and safety of medical services for the hearing impaired. The hope is that sign language education will be adopted by medical schools across the nation moving forward. Keywords: basic sign language, medical sign language, communication, hearing impairment, deaf individuals. はじめに  鳥取大学医学部では2008年度から基礎手話言語の教育を医学科1年生に必修科目として実施している.また,2009年度からは医療手話言語の教育を基礎手話言語の教育を受けた学生に選択科目として提供している.医学教育の中にこのような本格的な手話言語教育を取り入れて実践しているのは本邦では鳥取大学医学部が唯一である.国外の最近の事例として,米国のミシガン大学医学部1)やロチェスター大学医学部2)において聴覚障害者のケアに関する医学教育があるが,こういった教育を取り入れている大学はまだわずかであり,2008年から続く本学の手話言語教育は世界的にも先進的な事例と言える.  全国に聴覚障害者は約34万人3),手話を言語としている人は約6万人いると言われており,社会で様々な課題に直面している.本医学部では,聴覚障害者が直面している医療の課題の解決に貢献したいと考えて手話言語教育を実践してきた.本稿ではその経緯,授業内容,成果などについて概説したい.  なお,授業では「きこえない・きこえにくい人」や「ろう者」という表現を使うことが多いが,本稿では可読性を考慮して主に「聴覚障害者」という表現を使用する.また,開講当初の科目名は「基礎手話」「医療手話」であったが,手話が音声言語と対等な手話言語であるという国際的な認識に基づき4),現在は「基礎手話言語」「医療手話言語」という科目名を使用している. 1.手話言語教育を開始した経緯  鳥取大学医学部医学科では,取り組むべき教育内容が年々増加していることから,鳥取県鳥取市の鳥取キャンパスで2年間行っていた教養教育を1995年度に1年間に短縮し,2008年度からすべての医学教育を米子キャンパスで実施するようにカリキュラムを改変した.両キャンパスは同じ鳥取県内とはいえ約90km離れており,教養教育担当教員の往来は困難なため,米子キャンパスで自前の教養科目を整備していく必要に迫られた.その際,医学生に有意義なコミュニケーション教育の充実に焦点があてられ,「メディカルコミュニケーション」「ヒューマンコミュニケーション」といった授業が開始された.特に,2008年度のカリキュラム改変の際は,医学科のカリキュラム策定に係る委員会によって,コミュニケーション教育のさらなる充実を目標とした科目の選定が進められ,手話言語教育の可能性が探られることとなった.筆者の専門は解剖学であるが,2000年頃から鳥取大学医学部手話サークル「しゅわっチ」の顧問を担当していたため,医学部側から手話言語教育の科目責任者になるよう依頼を受けた.この依頼を承諾したものの,当時の筆者の手話技能は初心者レベルだったので,実際に手話言語教育を行える人材を選定する必要があった.その際に白羽の矢が立ったのが,鳥取県米子市で聴覚障害者への支援事業を推進していたろう者の石橋大吾氏であった.彼は指導力やコミュニケーション能力に長けており,手話言語教育の講師として期待できる人材であった.そして2008年度から手話講師の石橋氏と医学部側の手話言語教育担当の筆者を中心に教育を実施していくことが決定した. 2.手話言語教育の内容 (1) 基礎手話言語(表1)  2008年4月に開講した基礎手話言語の授業は,医学科1年生全員が受講する必修科目である.この授業では,コミュニケーションの基本として必要性の高い挨拶・名前・家族・年月日・年齢といった自己紹介の手話や,生活に関する手話表現,会話を広げるための疑問詞(誰,何,いつ,どこ等),指文字による五十音表現,手話表現に応じた表情や姿勢などについて修得することを到達目標としている.これらの手話表現は人間関係の形成に重要であり,一般社会や医療現場で聴覚障害者に対面した際に基本的に必要な言語要素である.また,もう一つの到達目標として,聴覚障害者が社会生活を営む上で直面する課題と必要な配慮について理解することを据えた.音声中心の社会システムの中で生活する聴覚障害者は,聞こえる人には気付きにくい様々な困難に直面しており,そこへの配慮を学ぶことは聴覚障害者にとって生活しやすい社会環境をもたらすことにつながり,聴覚障害者が社会に強く望んでいることである.  授業体制としては,石橋氏と筆者に加えて聴覚障害者の補助員3~4名と手話通訳者1~2名を基本としている.受講者のほとんどは手話言語教育を受けるのが初めてであり,多数の初学者に言語教育を行うことは難しさがあるため,補助員をつけることにした.補助員には教室内の各所に分散してもらい,学生の誤った手話表現の修正や不明な手話表現への質問対応をしてもらっている.また,社会で困難に直面した体験談を話してもらうことも補助員の重要な役割である.授業中は隣席の学生がペアワークで学びあい,手話で対話する機会を増やしているが,隣席に学生がいない場合は補助員が加わることにしている.手話通訳については授業内容に応じて1~2名が参加している.教員の手話による説明が多い場合は2名が必要で,15~20分程度で交代している.  参考までに,授業で使用している全日本ろうあ連盟発行のテキストと辞典を紹介しておく.テキストには,「今すぐはじめる手話テキスト 聴さんと学ぼう!」5)を使用している.この書籍は手話学習会等で指導者と一緒に学ぶためのもので,手話が初めての方が聴覚障害者や手話について知り,自己紹介や手話での簡単な会話を身につけることができる内容になっている.石橋氏もこのテキストの出版に関与しており,大学の基礎的な手話の授業にも適した内容になっている.また,「わたしたちの手話 学習辞典 I」6)を必携としている.これは手話に限らず言語を学ぶ上で,分からない表現を自ら探し出す作業が重要だからである.この辞典には約3,500語が掲載されており,五十音順ではなく手形ごとに手話をまとめているのが特徴で,類似した手形の手話をまとめて学ぶことも可能である. (ここから表1「基礎手話言語」) 科目:基礎手話言語 開始時期:2008年4月 形式:必修科目 90分授業15回 学生:1年生105名 教員:非常勤講師,大学教員,補助員,手話通訳者 計7名 学習する主な手話表現:自己紹介(挨拶・名前・家族・趣味・数字・年月日・年齢・地名等),生活(時間,場所,病気,天気,乗り物,買い物,災害等),疑問詞(誰,何,いつ,どこ,いくら,どちら等),指文字(五十音) 理解して欲しい事項:聴覚障害者が社会生活で直面する課題と必要な配慮 評価:定期試験(筆記試験,手話読取り試験,手話実技試験),レポート (表1「基礎手話言語」おわり) (2) 医療手話言語(表1)  2009年10月に開講した医療手話言語の授業は,基礎手話言語を受講した医学科学生が受講する選択科目で,30~40名が受講している.この授業では,医療現場(受付・問診・診察・検査・治療・薬局)で聴覚障害者とのコミュニケーションに必要な手話表現を修得することを到達目標としている.患者は病院で受付から薬局の場面に順に遭遇することになるが,これらの場面の手話表現を実践的に身につけておけば,コミュニケーションの壁が低くなり意思疎通が図られて全体として聴覚障害者がスムーズに診療を受けることが可能になる.一方,医学用語には専門用語やカタカナ用語が非常に多く,手話表現の創作や周知が不十分なことも多いため,五十音を表現する指文字の修得も重視している.また,もう一つの重要な到達目標に,聴覚障害者が病院で直面する課題と必要な配慮について理解することを据えた.病院の診療に関する指示や説明は大部分が音声であり,聴覚障害者は聞こえる人には気付きにくい様々な困難に医療現場で直面している.医学生が必要な配慮を学び,医療はどうあるべきかを考えることは,聴覚障害者が受診しやすい病院環境を構築することにつながり,聴覚障害者が医師と病院に最も強く望んでいることである.他に,聴覚障害者に関する社会的な課題として「聴覚障害者の人権」,「障害の社会モデル」7),「手話言語と人工内耳の選択に関する課題」8)を理解することも到達目標とした.  授業体制としては,選択科目のため学生数が40名程度と基礎手話より少ないので,石橋氏と筆者に加えて補助員2名と手話通訳者1名を基本としている.医療手話は難易度が高くなるので,補助員には学生の誤った手話表現の修正や不明な手話表現への質問対応を積極的に行ってもらっている.また,病院で困難に直面した体験談を話してもらうことも重要な役割である.  教材としては,全日本ろうあ連盟発行のテキスト2冊と基礎手話で使った辞書を利用している.テキストとしては,医療の手話シリーズの外来編9)と人間ドック・健診編10)を併用している.これらの書籍には,外来や検診の様々な場面で必要な医療手話が盛り込まれており実用的な医療手話表現を学ぶことができる.特に外来編は医療手話を初めて整理・創作・確定したもので,聴覚障害者の期待と全日本ろうあ連盟の関係者の苦労を結実させた書籍である.また,医療手話の授業では内容が高度になり必要な語彙も増えるため,基礎手話で使用した辞典を引き続き必携としている. (ここから表1「医療手話言語」) 科目:医療手話言語 開始時期:2009年10月 形式:選択科目 90分授業15回 学生:1年生40名以内 教員:非常勤講師,大学教員,補助員,手話通訳者 計5名 学習する主な手話表現:医療現場の手話表現(受付・問診・診察・検査・治療・薬局),指文字(五十音) 理解して欲しい事項:聴覚障害者が病院で直面する課題と必要な配慮 聴覚障害者の人権,障害の社会モデル,手話言語と人口内耳の選択に関する課題 評価:定期試験(筆記試験,手話読取り試験,手話実技試験),レポート (表1「医療手話言語」おわり) (3) 医学部の学習目標との関連  医学科では,卒業認定・学位授与の方針(ディプロマポリシー)を定めている.手話教育との関連では,「患者中心の立場に立った医療を実践する能力を身につけている」「コミュニケーション能力を有している」「地域で暮らす人を愛する心を持ちコミュニティと連携して地域医療の向上に貢献する能力を有している」といった項目がある.従って医学科では,聴覚障害のある患者の立場に立った医療を実践し,聴覚障害者とのコミュニケーション能力を身につけるとともに,聴覚障害者も含めて地域で暮らす人を愛し地域医療の向上に貢献できることが求められる.医学部はこの教育を実現するために,医学科の教育課程編成・実施の方針(カリキュラムポリシー)に,「手話をコミュニケーション方法として取り入れるために手話教育に力を入れる」と明記するとともに,非常勤講師および補助員や手話通訳者への報酬に必要な予算を確保している. (4) 手話言語教育におけるコミュニケーション障害の考え方  聴覚障害者は,コミュニケーション障害や情報障害によってさまざまな情報を獲得することに一定の困難を伴うため,社会的に不利益を被っている.コミュニケーション障害とは,他者との意思疎通がうまくいかないことを意味するが,双方向的であることを忘れがちである.すなわち,手話を言語とする聴覚障害者と音声を言語とする聞こえる人とのコミュニケーション障害は,双方向的であり聴覚障害者が一方的に責めを負うべきではない.一般には,聴覚障害者に音声言語のコミュニケーション障害があるので意思疎通が取れないとされるが,聞こえる人にも手話言語のコミュニケーション障害があって意思疎通が取れないのである.一般社会では聞こえる人がマジョリティなのでマイノリティの聴覚障害者側が問題視されがちだが,聴覚障害者のコミュニティに聞こえる人が入れば,コミュニケーションが取れないのは聞こえる側になるのである.従って,両者の使用する言語が異なるという考えに立脚して,コミュニケーション障害を改善するための方策を考えていくことが社会に求められる.実際に,鳥取県では全国に先駆けて手話言語条例を制定してろう者との共生や手話言語の普及を理念として掲げており,条例の制定は全国各地の自治体にも広がっている.  一方,医療現場では医師を含む医療関係者は,ほぼ全てが音声言語を使用しているため,診療上のコミュニケーション障害は聴覚障害者に一方的に不利益を生むことになり,健康や生命に大きな影響を及ぼすこともある.このようにともすれば病院で不利益を被ることが多い聴覚障害者には,安心して診療を受けたいという強い希望があり,それに応えるには手話通訳や筆談といった方法だけでなく,医師の方から聴覚障害者に歩み寄って手話言語でコミュニケーションを取り,信頼関係を構築することが大切と考える. 3.手話言語教育の成果 (1) 手話言語教育を受けた医師の養成  本学の手話言語教育は2024年度で17年目を迎え,基礎手話言語を受講して卒業した医師は1,000人を超え,医療手話言語教育も受講した医師は300人を超えている.個々の卒業生の成果をモニタして分析することは難しいため実施できていないが,鳥取県聴覚障害者協会の会員からは,手話を学んだ医師は聴覚障害者が言いたいことを理解しようと向き合ってくれると,効果を実感した感想が聞かれている.また,聴覚障害者に随行する機会が多い手話通訳者によると,鳥取大学医学部附属病院や近隣の病院で手話を使う医師もおり,対応の良い病院が多いとのことである. (2) 学生の感想(表2)  本学の医学科1年生は手話言語教育の授業に熱心な学生が多いように感じている.実際に,入学前の手話言語教育の認知度は約8割にのぼり,手話の授業を楽しみにしている学生もいる.受講後には,ほとんどの学生は手話言語教育を有意義ととらえ,聞こえない方の特性や必要な配慮への理解が進み,手話技能も身についたと実感している.また,多くの学生が臨床医になったときに手話を役立てようと考えている.  授業を受けた学生の様々な感想を表2にまとめた.基礎手話言語の感想では,手話技能の向上や聴覚障害者の理解増進に加えて,実際に全国手話検定試験に合格したり,実生活のアルバイトで役立っていたりすることも分かる.また,全国の医学部でも手話教育を行うべきとの考えは,授業の有用性を感じた学生ならではの重要な指摘であろう.一方,医療手話言語の感想では,聴覚障害の患者とのコミュニケーションの大切さを理解したことがうかがえる.学生は,聴覚障害の患者に伝えることの難しさを感じながらも,授業の中で具体的に配慮し伝える方策を身につけてくれたようである.また,修得した医療手話言語を医師になった際に生かしたいという意志表示もあって卒後に期待が持てると感じた.  医学生の中には手話言語教育を受けながら手話サークル「しゅわっチ」に所属する者もいる.1~6年生まで合わせると約30名が所属して卒業まで手話言語に親しんでいる.手話言語教育の授業は手話に触れるきっかけにはなるが,合計しても90分授業30回分であり,学んだ手話技能を維持・向上させていくには,手話サークルに所属して6年間を通じて手話言語を使い続けていくことが重要である.部員には全国手話検定試験に合格した学生が多数おり,中には難関の1級に合格した医学生もいる.こういった手話言語に親和性の高い医学生には,聴覚障害者に手話で対応できる医師になることを大いに期待している. (ここから表2) 基礎手話言語 ・ろうの講師から学び,日常生活の困難を聞くことができた. ・授業の度に自分の手話表現が増えているのが実感できた. ・手話でコミュニケーションを取りたいと感じた. ・人工内耳を装着しても苦労することがあるのが分かった. ・手話が日本語同じく言語であることを認識し手話言語が確立する歴史を理解できた. ・目指す医療者像を考えるきっかけとなった. ・思いやりのある医師を育てる授業だった. ・授業のおかげで手話サークルに入った. ・手話検定で5級を取れた. ・アルバイト先でろうのお客さんに慌てずに対応できた. ・鳥取大学医学部だからこそ学べる非常に有意義な授業だった. ・鳥取大学以外の全国の医学部でも手話教育を行うべきだ. 医療手話言語 ・将来医師になって使える手話表現が多く主体的に学学修できた. ・受付, 問診,診察,検査,治療などの場面で必要な医療手話を学んだので,医師になって聴覚障害の患者の診察に生かしたい. ・ペア練習が多く実際に患者さんにどう接するかを想像しながら練習ができた. ・聞こえない人が病院で困っていることを理解できた. ・聞こえない患者さんに寄り添い配慮することを具体的に学べた. ・伝えることは聞こえない人だけではなくすべての患者さんにも大切だと思った. ・手話通訳だけに頼らず,医師が患者と直接コミュニケーションをとることは信頼関係の構築に大切だと思った. (表2おわり) (3) 教育活動および成果の発信  手話言語教育に関する主な広報事例を紹介する.医療手話言語の授業を開始して間もなく2009年にNHK Eテレの「ろうを生きる難聴を生きる 医療手話・普及の条件を探る」という番組に石橋氏と筆者が出演して,医学部で医療手話教育を開始した経緯と意義についてそれぞれの立場から説明したが,医療手話の取り組みを全国レベルで放送していただいたことは反響が大きかった.また,医学科1年生の教育には解剖学のような基礎医学系の教員が多く関わっていると考え,2011年の日本解剖学会中国・四国支部学術集会において「手話のできる医師の養成を目指して~医療手話教育より~」と題した石橋氏の教育講演を開催して,中国・四国地区の解剖教員に手話言語教育実施の意義と必要性を訴えた.比較的最近では,ドクタラーゼという日本医師会による医学生の情報誌に,手話言語教育の授業を探訪する特集記事が掲載された11).その記事からは,学生が手話言語教育の意義や重要性を良く認識していることや,授業が学生の目指す医師像に好ましい影響を与えていることが読み取れた.全国の医学部で多くの授業が行われている中で,手話言語の授業が特集されたのは光栄なことであり,改めて鳥取大学の手話言語教育が各地の医学部に認知される機会になった. (4) 教育成果の外部・内部評価  本学の医学教育は,外部評価として2019年に日本医学教育評価機構による医学教育分野別評価を受審した.その際に,障害者とのコミュニケーションを重視して特色ある手話教育を実践しているとして,高い評価を受けた.またその中で,1年生に手話教育を導入することによって学生一人ひとりの医学を学ぶ学習意欲を刺激していることや,地域の鳥取県聴覚障害者協会と連携しながら手話教育を教養の必修科目として導入していることも評価していただいた.一方,大学内部からも評価していただいて,2022年には鳥取大学学長表彰を頂戴した.筆者らが実践してきた手話言語教育は地道な活動だが,このように外部の医学教育専門家や大学から望外に高評価をいただいたことは,教育を継続していくうえで大きなインセンティブになった.特色ある医学教育の成果が評価され認められる機会が学内外にあることは大変ありがたいことで,地道な教育活動の継続と質向上に資すると考えられる. 4.今後の展望と課題  本稿では,鳥取大学医学部で長年にわたり実施してきた手話言語教育について,経緯,授業内容,成果等を紹介してきた.医学生に対して聴覚障害者への医療はどうあるべきかを手話言語とともに実践的に教育することは,医師と聴覚障害者のコミュニケーションの壁を低くして,聴覚障害者が安心して受診できる病院づくりにつながるはずである.2008年に手話言語教育を受けた医師は卒業後10年になる.今後は,彼ら彼女らが医療の中核を担う世代として鳥取県内のみならず全国各地の病院で活躍すると予想されるので,手話言語教育の成果が病院でさらに明確になっていくことが待望される.ただ残念なことは,手話言語教育の取り組みが鳥取大学医学部のみにとどまっていることである.本稿を読んだ全国の医学教育関係者が手話言語教育の価値を改めて認識して,自大学でも取り入れようという機運が高まることを期待している. 謝 辞  鳥取大学医学部の手話言語教育に携わってくださった,鳥取県聴覚障害者協会の石橋大吾事務局長,戸羽伸一教育・文化委員会委員長をはじめとする皆様,鳥取大学の亀家俊夫氏,澤口久乃氏らに感謝の意を表する. 文 献 1) Department of Family Medicine, University of Michigan. 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DOCTOR-ASE 2021; 36: 36-7. * 鳥取大学医学部解剖学講座,Department of Anatomy, Faculty of Medicine, Tottori University 受付:2024年3月13日,受理:2024年3月14日