医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 【4.障害のある医療者の体験】 4-3.薬剤師とデフリンピック 早 瀨   久 美* 要旨:  2025年11月に100年目となるデフリンピックが日本で開催される.我が国で初めて聴覚障害者として薬剤師となりデフリンピックの日本選手団の医薬品を担当する立場から,デフリンピックとの関わりを通して培ってきた知見をもとに医療従事者として知っておくべき医療現場での聴覚障害者の対応についてまとめた. キーワード:デフリンピック,スポーツファーマシスト,医療現場での聴覚障碍者 4-3. Pharmaceuticals for the Deaflympics in Japan Kumi Hayase* Abstract:  In November 2025, Japan will host the 100th Deaflympics. As the first hearing-impaired pharmacist in Japan responsible for the pharmaceutical care of the Japanese Deaflympics team, I have compiled a summary of the essential information that healthcare professionals need to know when providing medical services to hearing-impaired individuals, drawing upon my experience with the Deaflympics. Keywords: the Deaflympics, sports pharmacist, hearing impaired in medical settings 序文:薬剤師とデフリンピック  この原稿を作成するにあたって最初にタイトルを考えた時にスッと出てきたのがこのタイトルです.デフリンピックとは,聴覚障害者にとってのオリンピックである4年に1度開催の世界最高峰のスポーツ大会です.このデフリンピックは1924年からと歴史が古く,100年目の大会が2025年11月に東京で開催されます.私の薬剤師としての今まで,そしてこれからを語る時,このデフリンピックを切り離すことができません. 1.デフリンピックとの出会い  私が初めてデフリンピックの存在を知ったのが,中学生の時です.当時テニスをしており,県大会にも出場した私に「デフリンピックを目指してみては」と先生が教えてくれました.その時の自分は,聞こえる世界で勝負したいと思っており興味はありませんでした.いま思えばこの時から目指していれば・・・・・・,と当時の自分に伝えにいきたいくらいです.その聞こえる世界から耳の聞こえない者はダメ,と言われたのもちょうどこの中学生の時です. 2.薬剤師の母,そして薬科大学へ進学  私の母は薬剤師です.その母の姿を幼い頃から見てきて,自分も薬剤師になりたいと自然に思うようになりました.進路相談の時に耳の聞こえない者は薬剤師になれないという法律の存在を知り,すぐに母に「耳の聞こえない私は薬剤師になれないのか?」と聞きました.実際に薬剤師法の条文を指差しながら,「人が作ったものだから人が変えられる.あなたは今自分ができることをやりなさい」と母は言ってくれました.  それから今に至るまで常に付いてまわったのは,「耳が聞こえないのに薬剤師の仕事ができるのか?」という社会の目でした.大学進学にあたってもほとんどの大学薬学部から受け入れを断られました.最終的に明治薬科大学が受け入れてくれたものの,自分自身この問いに自問自答しながら薬剤師の勉強を続けてきました.明治薬科大学の支援のおかげもあり,無事に病院実習や卒業試験,そして国家試験に合格した時,「ろう者の薬剤師ではない,聞こえる聞こえない関係なく私しかできない私なりの薬剤師を目指したい」と強く思いました.その後,法律の壁に阻まれ免許の申請を却下されたときもずっと「薬剤師になりたい」という思いを持って社会に訴えてきました.このときに出会った厚生労働省の方が,表向きでは「法律上却下」という結論を告げてきたものの「私自身は,この法律は変えるべきでだと思っている.久美さんには久美さんしかできない薬剤師になってほしい」と言ってくれたことも大きな支えになりました.  そうして2001年に法改正が行われ薬剤師の免許を取得することができた後,たくさんのろう者から薬相談が殺到しました.ここで改めて,多くのろう者たちが医療現場で苦しい思いをしていたことを実感しました. 3.聴覚障害者と医療現場  医療現場で働く薬剤師として思うことは,耳が聞こえない患者は病院に行きたがらないということです.それはやはり,コミュニケーションの問題です.耳が聞こえない患者にとっては,どうしても病院でスムーズにコミュニケーションをとることができません.手話通訳を連れていくこともできますが,大抵の場合は派遣センターに依頼して数日後になり,またその派遣も確実ではありません.医師とのやりとりも,筆談だとこちらが聞きたいことも聞きにくい.  また,医師も自分がいつも話している内容でも筆談となると簡潔にまとめすぎてしまい,情報量が著しく下がってしまいます.単なる情報を要約したものの,伝達だけに終わり,会話のキャッチボールが成立できません.手話通訳がついたとしても,耳が聞こえない人にとっても医師のいう事が理解できないというケースが多いです.  これはなぜかというと,例えば「どうしましたか?」という漠然とした質問に対して聞こえる患者なら自分の状況を話すことができます.それは幼少の頃から,医師と患者とのやりとりというものを自分の親であったりテレビであったりなど,様々な媒体を通して耳にしています.その積み重ねの中でどのように聞かれるのか,どのように答えればいいのか自然とわかってきます.耳が聞こえない人の場合,耳が聞こえないことで幼少のころから情報が全く入ってこず,積み重ねが出来ないままに成人となるケースが多いのです.そのため自分が成人となって,いざ医師とコミュニケ―ションをとろうとしても,どのようなやりとりをすればいいか想像できず,手話通訳者がいたとしても何も言えないまま,何も聞けないままに終わってしまいます.  こういった現実に向き合う中で,自分が薬剤師としてできることは何かを常に考えてきました.  耳の聞こえない患者は,病院においては,例えば医師との診察室だけでなくレントゲンなどの検査の時も技師の指示が聞こえなくて分からない,採血のときも検査の時も,ありとあらゆる場面で相手の言っていることが分かりません.さらに入院したときも,周りとコミュニケーションが全くとれずに孤立してしまい,ただベッドにいるだけの時間になってしまいます.情報が入らないだけでなくコミュニケ―ションが思うように取れない環境に長く居続けることは,想像以上に精神的な苦痛をうけます.診察時ならまだしも,入院中は手話通訳を毎日長時間来てもらうことは難しくそのため手話通訳がいない時間の方がはるかに長いのです.  医療関係者の多くはマスクをしていますが,このマスクが耳の聞こえない人にとっては大きな壁の一つです.表情が全く見えないために,何を言っているか想像することすら難しいです.表情が見えないということは,耳が聞こえない人にとっては,コミュニケーションが全く取れず孤立を感じてしまいます.さらに,手術室には手話通訳者が入ることができません.手術前という患者にとって一番不安な状況で,耳が聞こえない患者はとくに手話通訳もいなく,コミュニケーションがまったくとれない状態になります.  医療現場だけでなく耳が聞こえない人にとって,普段から医療に関する情報量が少ないため,間違った情報や少ない情報で誤解してしまうことも多いです.そして情報が少ないため,自分の身体に関する関心の低さに繋がってしまいます.  一方で情報が少ないために簡単に,その情報を信じてしまう傾向も見られます.その情報が自分にとって必要なものかそうでないものか,それを判断する情報材料自体が入ってこないため,判断することが難しいのです.そのため,その情報をそのまま鵜呑みして間違った方法を取り入れてしまい,結果的に自分の身体を守ることができない状況に陥ってしまいます. 4.聴覚障害を持つ薬剤師として  そもそも身体に何からの不調を感じた時に,病院にいくことを選択したがらないということは,単なる情報不足の問題だけではありません.自分の身体の状態に関心を持てないということは,想像以上に危ういです.これらの状況は,私自身医療現場で働く薬剤師として,また1人のろう者として,ずっと経験してきたことでもあります.  これらを打開するためにはどうするべきかを考える時,私が薬剤師として働くことができる環境づくりは,そのまま耳が聞こえない患者さんにつながっていくということに気付かされました.そうして,耳の聞こえない患者にとって,安心できる医療現場づくりに取り組むことになりました.これこそ私にしかできない薬剤師としての仕事だと感じました.  それに気づかせてくれたきっかけの一つが,デフリンピックを目指すデフアスリートたちからの薬の相談です.デフアスリートたちもまた,誰にも相談できないまま,日々不安の中で戦ってきていました.このデフアスリートたちからの相談が増えていくことがきっかけに,スポーツファーマシストとなり,2009年台北デフリンピック日本選手団の医薬品携行,及びアンチドーピングの相談担当として,デフリンピックに関わることになりました.中学生の時に知ったデフリンピック,そして目指した薬剤師がまさかここで繋がるとは,夢にも思いませんでした.まさか自分がアスリートしても日本代表として出場し,3大会連続メダルを獲得することになるとは!です. 5.デフアスリートとして,スポーツファーマシストとして  アスリートとして,また薬剤師として,デフリンピックに関わることができたことは,私の人生においても大きな財産となりました.この二つがお互いに作用し合い,私しかできない薬剤師のカタチを作ってくれました.スポーツファーマシストとして,今まで冬季,夏季合わせて8大会のデフリンピックに関わってきて思うことは,デフアスリートのアンチドーピングに対する意識の低さです.  自分の体に入れるものに対して自分自身が責任を持って管理していくということ,それが自分の身体を守り,自分の競技を守り,スポーツの世界を守り,しいては社会を守るということがなかなかイメージできません.これはやはりデフアスリート以前に,普段から自分の健康に関する情報の少なさ,コミュニケーションの問題から病院になかなか行こうとしない1人の耳の聞こえない人間としての,環境の問題に起因していることが非常に大きいように思います.  耳の聞こえない者にとって,医療に関する情報のアクセスは,非常に厳しい現状があります.今の社会は,音声の情報を視覚的に見えるようにする配慮が非常に少ないです.町の中であふれている音声情報は,すなわち耳が聞こえない人には全く届いていません.当然音声による会話も,耳の聞こえない人には分からないので,音声情報や音声による会話は,耳の聞こえない人にとって全く理解することができません.テレビに字幕がつくようになったり,音声情報を文字に変換したりなど以前と比べると少しずつ改善されつつあります.しかし,緊急の情報はほとんどが音声であり,耳の聞こえない人にとっては命をおびやかされる問題となっています.その根底にあるのは,この社会の中に音声でのアクセスは難しく,視覚によるアクセスを必要とする人たちがいるという認識が非常に少ないということにあります.  耳の聞こえない本人が望むかどうかにかかわらず,耳が聞こえない人にとって当たり前に情報を受けることができる環境を築いていくことが求められます.この積み重ねの中で,耳が聞こえない人自身がようやく自分が置かれた状況を客観視し,自ら医療に関する情報の必要性を感じ,自ら求めていくようになっていくことが必要だと思います.  一概に聴覚障害者と言っても,病気や遺伝など,生まれつき聴力がない先天性か,生後病気や事故などによって聴力を失う後天性か,障害の程度や育った環境・アイデンティティによってその実態もさまざまです. 6.聴覚障害者についてあらためて  聴覚障害者は大きく,ろう者/難聴者/中途失聴者と分けられます.それぞれに適したコミュニケーション手段やコミュニティがあり,そのコミュニティによる文化や行動や思考などにより,それぞれにある程度特徴が見られます.ろう者/難聴者/中途失聴者のコミュニケーション手段はさまざまで,一般的に考えられている聴覚障害者=手話のイメージが当てはまらない状況があります.  聴覚障害者は現在30万人いると言われ,そのうち日常的に手話を言語として生活をしている聴覚障害者は4〜5万人と言われています.彼らはコミュニケーション手段の一つとしてではなく,手話が言語であり,日本語とは異なる文法を持った視覚言語として,ろうコミュニティと密接に繋がりながら生活を送っています.聞こえる人とのコミュニケーションは,手話通訳を通しての会話が最も確実で,彼らにとって安心であることが多いです.もし,手話通訳がつかない場合は,コミュニケーション手段の一つである筆談という方法などでやり取りをしています.その他のコミュにケーション手段としては,口の動きを読み取って会話をする口話,身振り,空書,聴覚活用など色々な手段などがあげられます.  ろう者と難聴者の違いは,医学モデルと社会モデルによって分類が異なり,また自分自身のアイデンティティに深く繋がっているため,明確な分け方が難しいとされています.例えば,ろう者であっても育った環境により,手話を日常的には使用していない人もいれば,聴力は比較的軽くても,普段手話で生活をしている難聴者もいます.また補聴器使用についても千差万別で,「ろう者だから使用しない」,「難聴者だから使用する」とは一概には言えません. 7.デフリンピックのアスリートについて  デフリンピックのアスリートも育った環境やその背景,コミュニケーション手段は非常にまちまちです.一般社会と大きく違うのは,一般社会では,ろう者/難聴者/中途失聴者がそれぞれにコミュニティの中で生活をしていますが,デフリンピックの場合は,彼らが一つのチームとなって一つの目標のもとに集まり,競技を行います.そのため,ここでのコミュニケーションのありかた,情報保障のあり方は,今後の社会の在り方において大きなヒントとなるものがたくさんあります.一つの場所において多様な背景をもつ人たちが,どのように情報を共有してコミュニケーションをとっていくかを知ることは,医学の中でのインクルーシブ教育を考える上で大切になるのではないかと強く感じています.  2025年デフリンピックが東京で開催されることは,ただの一つのスポーツイベントが行われるということではありません.デフリンピックには社会を大きく変える力があります.  私自身デフリンピックにアスリートとして,スポーツファーマシストとして関わる中で,薬剤師として聴覚障害者にとって安心できる医療現場のあり方,医療従事者として留意しておくこととは何かを考えて築く大きなヒントをもらっています. 8.医療従事者が知っておくべき聴覚障害者の特徴  具体的にはまずは,私自身の聴覚障害者への服薬指導の経験を通して,薬剤師のみならず,医療従事者が知っておくべき聴覚障害者の特徴について挙げてみます. ・いままでに病院でコミュニケーションが取れない経験などによって,病院に行きたがらない傾向がある.また,止むを得ず病院を受診する時点ですでに症状が悪化しているケースが見られる. ・特定の人の言うことは聞くが,それ以外の人だと聞く耳を持たない場合がある. ・自分が,何が分かっているのか,何が分からないのか自体を把握していないため,「分かりましたか?」の質問に対して「分かりました」と答えるケースが多い. ・10のうち1しか理解できなくても,その1で自分なりに解釈して分かったようになることに慣れてしまい,話がよく分からなくても分からないままにしてしまう. ・自分の身体の状況や症状を言葉として説明することに慣れていないため,「大丈夫ですか?」の質問に対して「大丈夫です」と答えるケースが多い. ・非常に我慢強く,痛みに対してもあまり痛いと言わないことに慣れているため,「痛いですか?」の質問に対して「大丈夫」と答えてしまうケースが多い. ・イエスorノーで答える質問には比較的答えやすいが,What?系の質問にはどのように答えていいか分からないため答えにくい. ・記憶が言葉ではなく,写実的な映像で整理されていることがあり,それを言語として手話で伝えることはできるが,筆談などで日本語に翻訳しなければならない場合,自分の記憶を正しく日本語に変えることができない場合がある. ・言われた,された,やられた,のように被害者的な言い方の傾向があり,なんでも何かのせいにして自分を正当化してしまうことが一般の高齢者よりもその傾向が強い. ・こうすれば治る,こうすれば完治するという言葉を非常に求める傾向があり,治るか治らないかのように,ゼロか100かの思考で病気を捉える傾向がある.また「一緒に頑張りましょう」,「なんとも言えない」,「断言はできない」と言った返答にはなかなか納得せず,治るか治らないかのはっきりとした回答を求めがちである. ・医療現場でよく使われるような,「様子を見てみましょう」,「手術という選択肢もある」といった曖昧な言い方に対して,何を,様子を見るのか,手術がいいのかダメなのか判断ができず,医師に対して信頼しなくなるという状況も起きやすい. ・患者の配偶者や家族も同じ聴覚障害者の場合も多く,インフォームドコンセントにおいて正しく情報や医師,看護師,薬剤師などの話が家族に伝わらない問題が起きがちである.一旦は同意したものの,実はほとんど分かっていなくて,後ほど事態を把握してから苦情を言うことも起きやすい. ・調剤時や服薬指導において渡されるお薬の説明書は内容が理解できない,あるいは読まないことがあり間違った服用をしているケースがある. 9.聴覚障害者対応の留意点  以上の特徴をもとに,聴覚障害者対応の留意点を実例から挙げてみます.  先ほども挙げた通り聴覚障害者は,病院において一般の患者よりも特に情報から断絶された環境に孤独感そして大きな不安を感じやすい傾向があります.そのためにまず,その不安を取り除く環境や配慮を医療従事者としてしっかり行っていくことが最も重要です.  具体的には病院内のあらゆる音声情報をすべて視覚で受け取ることができる,ハード面・ソフト面の環境作りです.ハード面においては,呼び出しが電光掲示板などで見てわかる工夫,ソフト面においては,高齢の聴覚障害者に接するときに簡単な手話や絵カードなどでコミュニケーションを視覚的に行えるようにする工夫などです.医療現場において手話通訳がついての対応の数はやはり少なく,実際には医師や薬剤師が直接,聴覚障害者の患者とコミュニケーションをとるケースが多くなります.そのためのツールとして,「手話で学ぶクスリの教科書」1)(図)など情報が視覚的にわかる本などを使用して医師と薬剤師などが直接高齢の聴覚障害者と指差しをしながら的確にやりとりができるようにしていく方法を提案します.絵や手話などがたくさん盛り込まれ,基本的な診察において想定されるやりとりの実例も入っており,これをお互いに指差しながら一つ一つ理解できたかどうか確認することができます.  聴覚障害者は特に痛みの程度について,ズキズキ,ガンガン,シクシクといったオノマトペを伝えるのが苦手な場合があり,痛みの程度は評価スケールを用意して,具体的に答えてもらう配慮があると良いです.ちなみに数値タイプの評価スケールは,聴覚障害者にとっては分かりにくく,自分の痛みを正確に伝えることが難しい傾向があります.  そのため,フェイスタイプの評価スケールを用いるのが最も分かりやすく,イメージがしやすいです.痛みがない状態から激痛までを10段階で表した表情によって,自分自身が感じている痛みを選択しやすくなります.高齢の聴覚障害者にとっては,数字よりも表情の度合いによって自分の痛みを伝えるほうが,正確に伝えることができます.そのため,聴覚障害者に対しては積極的にフェイススケールを使用することをお勧めします.聴覚障害者に対しては,「より具体的」な対応が非常に重要になります.例えば,「いま服用をしている薬はありますか?」に対して「ない」と答える場合において,実際は服用しているが,最後に飲んだのは昨日であって「いま」ではない(今日ではない)のでと言ったケースがあります.また,別のケースで「ない」と答えたのは,その病院あるいは薬局で薬をもらうのは初めてだからという場合もありました.  具体的な例としては,「現在ここ以外の病院や薬局で薬はもらっていますか?」,「この1週間で飲んでいる薬はありますか?」とより絞った質問だと正確に答えやすいです.複数の病気を抱えていて,複数の病院で薬の処方をしていてもお薬手帳を所持していない場合があり,本人がいまなんの薬を飲んでいるのか把握していない場合もあります.また,飲んでいる薬ひとつひとつが何の薬なのか,それがどのような効用を持つ薬なのかわからないまま服用を続けている場合や,以前もらった薬が余ってそのまま保管し,同じ症状が出た時に自己判断でその薬を服用する場合もあります.いずれのケースも,場合によってはいま服用している薬を全部持ってきてもらうか,あるいは写真などで見せてもらい,各薬剤について具体的に確認をしていくことも有効となります.  また,相手の目を見て話し続けることは,聴覚障害者とのコミュニケーションにおいて留意したいポイントの一つです.目を合わせて会話をすることで,安心感を持ってもらうことができます.また,医療従事者にとっても,相手の目を見ることによって,いま自分が伝えようとしていることが確実に相手に伝わっているかどうか,随時確認しながら確実な方法で伝えることができます.  一対一のコミュニケーションだけでなく,聴覚障害者の患者を目の前にして,別の聞こえる人と話をする場合は,いまどのような話をしているのかを,その患者にきちんと伝えることも大切となります. 結 語  2025年東京デフリンピックは,私自身日本代表選手として目指しつつ,スポーツファーマシストとしても頑張っていきます.そして,ろう者の薬剤師ではなく,1人の薬剤師として,自分しかできない自分自身が目指す薬剤師の道を築きながら,皆さんと一緒に1人でも多くの耳の聞こえない患者が安心できる医療環境を,微力ながらも築いていきたいと思います. 文 献 1) 村山純一郎,竹ノ内敏孝・監修,早瀬久美・編.手話で学ぶクスリの教科書,薬事日報社,東京,2010. * 昭和大学病院薬剤師,Special Function Hospital pharmacist 受付:2024年3月29日,受理:2024年4月4日