医学教育2024,55(2): ~0 特集 インクルーシブ教育を考える 1.企画の意図 共に居るだけでなく,互いに学びあい共に働くための教育 瀬 戸 山   陽 子*1 武 田   裕 子*2 1.Editorial Not Just being Together but Learning from Each Other to Work Together Yoko Setoyama*1 Yuko Takeda*2 企画の意図  令和6年4月1日に「障害者差別解消改正法」が施行され,合理的配慮の提供が義務化されました.本誌がお手元に届くのは,学校現場で,また医療機関で,何をどうしたらよいのか現在地とあるべき姿に思いを巡らしているちょうどその時かと思います.  障害者白書は,我が国の全人口の7.6%が何らかの障害を有していると報告しています.日本人の名前の多い順から佐藤さん,鈴木さん,高橋さん,田中さん,伊藤さん,渡辺さん,山本さんの人数のすべてを足すと,全人口の7.6%です.一方,医学・医療系学生や医療職に障害のある人はどれくらいいるでしょうか.本特集は,医療者集団に障害のある人の割合は低いのが当然という無意識のバイアスがあるなか,立ち止まって考えたいという思いで企画しました.  障害のある人が想定されていない教育は,障害のある人がかかりにくい医療を作り出します.障害があるために医療提供を断られたり,勝手に説明を省略されたり,必要な配慮がなされないという話は,残念ながら障害のある人の間ではよく聞かれます.また,教科書の事例も障害のない人が想定されていることが多く,障害のある人が医療機関で何らかの症状を訴えると元からの障害と安易に結びつけられることも報告されています.一方,障害のある人への庇護的な態度や偏見,スティグマも生じてしまっています.医療者育成における「インクルーシブ教育」は,障害の有無による医療格差を是正する重要な鍵となります.  本特集は,障害のない人と障害のある人が,医療者になるために共に学び,共に働くことを具体的に考える構成となっています.まず,高等教育機関全般における障害学生支援の現状を概観し,医療系の課題や海外の潮流を紹介します.医療系は特殊な領域と考えがちですが,他分野でも領域の特殊性を障害学生支援の遅れの理由にすることがあります.どのような領域であっても合理的配慮は義務であり,多様性の確保がその領域の発展につながります.これまでの障害学生支援の蓄積から学ぶ点が多々あります.また,障害があると医療者になれない,もしくはなりにくいという社会通念を強化してしまっている法律上の欠格条項の問題を取り上げました.  続いて,障害がありつつ医療者として活躍している方々に,体験談をご寄稿いただきました.当事者が「どうしているのか」を知ることで,何が必要かを想像上のことではなくより具体的に考えることができるでしょう.分からないことがあれば,当事者に尋ねようという思いになります.さらに医学部教育において,積極的に多様性推進を目指した科目設定やカリキュラム構成について,海外の先進事例とともに報告いただきます.  本特集では,聴覚障害のある医療者によって行われた調査から明らかになった社会課題と解決のための展望や,医学部教育において遭遇する頻度が高い色覚多様性に関して現場で行える合理的配慮についても概説いただいています.そして,入試や共用試験等,障害のある人にとっての試験における障壁や具体的な対応方針をご紹介いただきました.最後に,インクルージョンの価値を長期的に考えていく動機付けになる「共同創造」という概念の解説で,本特集を締めくくりました.  Nothing about us without us.(「私たち抜きで私たちのことを決めないで」)は,障害者権利条約におけるスローガンです.障害のある多くの当事者の方々にご執筆いただいたことで,医学教育の地平線を大きく広げる特集になったと企画した編集者は感じています.誰もが安心して受けられる医療を共に考え創造するために,誰もが医療を学び,医療者として活躍の場が与えられる教育や環境づくりが不可欠です.その一歩を踏み出すのに,本特集が役立つことを願っています. *1 東京医科大学教育IRセンター,Institutional Research Center,Tokyo Medical University *2 順天堂大学大学院医学研究科医学教育学, Department of Medical Education, Juntendo University Graduate School of Medicine